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Yahoo!ニュースに載ったデータ入力に関わる記事 現場を知らな過ぎて笑うか呆れるか迷った件について:佃均

株式会社LINEヤフーが運営する「Yahoo!ニュース」といえば、誰でも知っているニュースサイトだ。Wikipediaによると、契約パートナー約300社500媒体、個人ニュースオーサー約500人、毎日約4000本のニュースを配信し、1日当たりのページビュー(PV)は5億PV超という。
 やや旧聞に属するが、昨年の12月3日、そのYahoo!ニュースに《なぜ「日本人の命を人質」にマイナ保険証強制か? 「官公庁の末端入力作業は中国人」と知りながら》という記事が掲載された。「マイナ保険証」に一本化するため、紙の健康保険証が発行を停止した12月2日にちなんだものだ。
 記事を書いたのは、筑波大学名誉教授で中国問題グローバル研究所所長である遠藤誉氏。中国問題の専門家としてしばしばテレビのコメンテータを務めたりされているので、ご存じの方も多いだろう。
 その記事の中で、同氏は次のように記している(原文ママ)。
・コロナが蔓延していた時に、各地方の保健所はFAXという前時代的な手段でしか交信ができなかったために、どれだけの混乱を招いたことか、もう忘れたのだろうか。日本のデジタル化の恐ろしいばかりの遅れが世界に知れわたり恥をかいたばかりだ。
・日本の官公庁の業務に関しては【「全省庁統一資格企業」→「日本の下請け会社」→「中国人孫請け業務」】という基本的な流れがある。
・政府がどのように隠ぺいしようと、官公庁のデータ入力の末端作業を、いま現在も中国が「孫請け」していることに変わりはない。それが秘匿性の高いデータであろうとホームページで公開する秘匿性の低い情報であろうと、実際の作業のほとんどは、中国人が担っている。
 記事では、
 (1)日本の行政事務におけるデジタル化が遅れている
 (2)日本の官公庁の業務が多重下請け構造によって行われている
 ——と指摘し、このまま放置すると日本は中国に「武力以外の形」で乗っ取られてしまうと論じている。データ生成業務が中国企業に再発注されていたSAY企画事件がその証左、という筋立てだ。

データ入力作業は中国人が担っている」って本当?

 筆者は、行政のデジタル化について遠藤氏と同じようなことを記事にしているが、(2)の「日本の官公庁の業務が……」については、ちょっと違う意見を持っている。多重下請け構造はこの国の受託型ITサービス業の問題であって、官公庁の業務とは切り離して考えなければならない。
 遠藤氏はコロナ給付金(1人10万円の休業支援金、持続化給付金など)やアベノマスク配布事業を念頭に置いているのだろう。霞ヶ関が外郭団体経由で広告代理店や人材派遣会社に“丸投げ”し、都道府県・市区町村の現場職員がアタフタしたのは、たしかに行政事務の多重下請け構造ゆえだった。
 ただ、
  ○全省庁統一資格企業→日本の下請け会社→中国人孫請け業務
 という流れを受けて、
  ○官公庁のデータ入力の末端作業を、いま現在も中国が「孫請け」している
 とし、そしてその証左として、SAY企画事件を挙げている。
 SAY企画事件というのは、東京・高田馬場にあった「SAY企画」というデータ入力会社(2018年6月解散)が、日本年金機構から受託した年金情報の入力を中国・大連のデータ入力会社に無断で再委託していた不正事案のこと。2018年2月に発覚した。
 この文脈から、データ入力業務に焦点が当たっているように受け取る人がいて不思議はない。なかでも筆者は、「官公庁のデータ入力の末端作業のほとんどは、中国人が担っている」という部分に大きな違和感がある。日本に住んでいる中国人という意味じゃないよね?(だとしても無理があるけれど)

無断で再発注はしない、まして海外は厳禁

 そこで筆者が懇意にしているデータ生成専門事業者の団体である日本データ・エンジニアリング協会(会長:河野純・電算社長、略称=JDEA)に「これってどうなの?」と尋ねると、
 「国内で発生したデータ入力の作業が、中国を含む海外の事業者に再発注されているケースは絶対ないとは言い切れませんが、ほとんど稀なケースでしょうね」
 という答えが返ってきた。
 「官公庁に限らず、行政、医療、教育、交通、運輸、金融など、機微な個人情報を含むデータ生成は、契約を結ぶ大前提として、「無断で再発注すること」が厳しく禁じられています。まして海外の業者に再発注するなどはあり得ません」
 では民間のデータはどうなのか。
 「考えてみてください。店頭のレジはバーコードを読取るだけ、企業間の取引データはEDI、生産にかかるデータはIoTで収集・管理されています。取引きや毎日の活動にかかるデータは“自噴”する時代です」
 「それともう一つ。データ生成事業はデータ量に応じて複数の事業者が分担で作業をすることはありますが、多重下請け構造はありません。だからデータ・エンジニアリングやデータ生成の料金をどう算定するか、会員同士で議論できるのです」
 なるほど。
 鉛筆やボールペンで情報を書き込んだアナログ=紙(書類や伝票)だからこそ人手によるデータ入力が必要なのだ。航空便にせよ船便にせよ、あるいはFAXで海外に送って人手で入力するなど、現実的な話ではない。同じ労力をかけるなら、国内で作業したほうがはるかに早く、安い。
 ちなみに「稀なケース」とはどのようなことなのか。
 考えられるのはコールセンターやヘルプデスクだろう。コールセンターやヘルプデスクはデータ入力業務の付加価値サービスとしてスタートし、バブル崩壊を契機に事業拠点が海外にシフトした。パソコン用ソフトのサポート拠点がオーストラリアやベトナムというケースもある。
 データの生成は日本国内で行われても、そのデータは海外の事業拠点で利用されている——ということは、そっちのほうが情報流出リスクが高いのではないか。それだけでなく、O Sやアプリケーション、クラウドAppleGoogleAmazonMicrosoftといった米国のビッグテックに依存するデジタル社会・経済はどうなのか。クラウドにおけるデータ保護こそ考えなければならないのではないか。
 遠藤氏の記事は、データ生成業務の実態を全く承知しないまま、SAY企画の一件のみをもって国内のすべてのデータ生成事業者をあたかも不正の温床であるかに決めつける短絡な結論にほかならない。データ入力・生成の現場を知らないコジツケを笑うべきか呆れるべきか、しかし日本最大のニュースサイトなのだ。
 どうせダメ論を打ち上げるなら、
 ——日本政府はEU一般データ保護規則(General Data Protection Regulation:GDPR)を学べ。
 ぐらいのことを言ってほしかった。

デジタルだからこそデータ・ガバナンス

 遠藤氏の記事にもう一つイチャモンをつけると、年金データとマイナンバー情報をごっちゃにしているかも、ということだ。
 年金データの中国流出事案は、2017年8月から12月11日までに日本年金機構に提出された「扶養親族等申告書」1300万件のうち、変更・追加があった694万人分。年金機構は「SAY企画が大連の事業者に再発注したのは扶養親族の氏名の入力で、マイナンバー情報は流出していない」としている。
 この言葉を信じるか信じないか、それは受け止め方次第だ。遠藤氏は信じていないのでマイナンバー情報も流出したはず、と指摘する。筆者は確証がないので、疑いはするものの断定することはできない。
 また過去・現在・未来にわたってマイナンバー情報の流出がない、とは断言できない。さまざまな情報とリンクすると出口が増え、その分だけ流出のリスクが増える。端末のセキュリティ機能に穴があれば、悪さを働くワームが入り込むかもしれない。
 それもこれも、原因はデータ・ガバナンスの緩さにある。
 2018年3月26日付でエンタプライズIT系ニュースサイト『 IT Leaders』(インプレス)に《発覚した年金情報入力の中国への無断再委託はITベンダーだけに責任があるのか 現場に無理を強いる発注者側の体質》という記事を寄せた折の取材で浮かび上がってきたのは、
 ・日本年金機構の内部的な問題。霞ヶ関から派遣・天下りの管理職、機構独自採用の現場職員、外部からの派遣職員という3階層があって、意思疎通ができておらず、データ・ガバナンスが欠如していた。
 ・派遣職員は機構の現場職員を、現場職員は霞ヶ関系管理職を、霞ヶ関系管理職は霞ヶ関の官僚の顔色をうかがって忖度し、「成果」を認めてもらう最も分かりやすい方法が「数字」つまり1件当たり14.6円という低い発注価額だった。
 ・霞ヶ関系管理職は現場職員に、現場職員は派遣職員に、派遣職員は外注先に、それぞれ業務を丸投げし、SAY企画の業務遂行能力(データ量と入力要員数のバランス)も作業の進行状況をチェックしていなかった。
 ——ということだった。
 1件当たり14.6円という発注価額は、標準的な精度確認作業(2オペWエントリ=エントリオペレータ2人で同じ原票を入力し相違があるとシステムがアラームを出す)を行う適正な漢字入力単価で換算すると4文字分か5文字分だ。日本人の氏名はたしかに漢字4文字〜5文字が多いのだが、住所までとなると割が合わない。1時間に120件(30秒で1件)処理して1,752円では、入力業務の従事者に最低賃金すら払えない。
 前出のJDEAも
 ・政府はデジタル化を推進する姿勢を明示し、「データの時代」と喧伝しているが、「データに価値がある」ことを認めていない。
 ・データエントリ業務を含む電子化業務は決して単純作業ではない。データ生成には、フローに沿った環境を整える必要がある。
 ・データ生成に適正な対価を支払わないと、データ・ドリブンは成立しない。
 ——等を指摘・提唱している。

こんないい加減な記事をよく載せたよね

 デジタル化とは、社会・組織の活動プロセス、さらに個人の思考回路を詳細に解析し、抽象化して理論的に再構築することを意味している。思考回路と作業プロセスを最小単位に細分化し、0と1に置き換える。これができていないので、データ利活用:デジタル化が進まない。
 遠藤氏は以上のことを全く理解しておらず、強引に持論(我論)「中国脅威論」に誘導しているように見える。「データ入力のほとんどを担っているのは中国人」と書く前にJDEAに確認の電話を入れるなり、なぜ中国の事業者に再発注する(した)のかを考え、政府に「もっと金を出せ」と迫るべきだった。
 それにしても、こんないい加減な記事をYahoo!ニュースがよく載せたよね、だ。


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