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福島第一原発 難航する燃料デブリの取出し 30年後の「プロジェクトX」を観てみたい:佃均

TOP写真は東京電力「燃料デブリ ポータルサイト」から

 福島第一原子力発電所の燃料デブリ取出し作業が難航しています。
 8月22日に始まった試験的取出し作業は手違いで直前に中止、9月17日に再会したものの、先端に付いているカメラの不具合で中断となりました。各種の報道によると、再開の見通しは立っていないようです。
 試験的取出しの対象となっているのは、落下した燃料デブリが比較的少ないと見られる第2号機。格納容器(中央球状部)に穴をあけてロボットアームを挿入、先端治具(鉤爪が開閉して剥離した塊を掴む装置)を下ろして燃料デブリを削り取るやり方です。
 その形状から「釣り糸式」と呼ばれていますが、正式名称は「テレスコピック方式」です。英語表記は「telescopic」で、伸縮式のストック、油圧で伸縮するクレーンなど毎日の暮らしの中で見かけるモノに使われています。

■開発チームと現場作業員に情報齟齬?
 東京電力「燃料デブリ ポータルサイト」を開くと、ロボットアームの動画がいきなり始まります。折りたたまれたアームが伸びて、先端治具が降りて行きます。底に到着すると爪が個体物を掴み、ワイヤが巻き取られます。全ての動きがスルスルに見えるのは、元動画を10倍速にしているためです。
 ともあれ、ポータルサイトの“表紙”にしているのはよほど自信があるのでしょう。あるいは「これしかない」「ファイナルアンサー」ということなのかもしれません。動画はスムースですが、あくまで実験用の模擬施設(モック)でのこと、リアルな格納容器の中は真っ暗で装置に付いたライトが頼り、おまけに溶け落ちた金属片が邪魔をします。クレーンゲームのようには行きません。
 国際廃炉研究開発機構(IRID)の説明によると、1回で最大10kgを取り出せるそうです。最初は燃料デブリの状態を確認するのが目的なので、検査用に小片(3gほど)を取出す予定でした。それが2度の中断、事前に確認すれば防ぐことができたイージーミスが原因とあって、「技術大国はどこに行ったのか」と嘆く声が聞こえてきそうです。
 試験的とはいっても、楢葉遠隔技術開発センター(NARREC)に設置されたモックでの実験と演習は上手くいったのでしょう。それがなぜ、絶対に間違いが許されない“本番”でパイプの順番を間違えたり、カメラが動作しなかったのか、です。
 筆者が軸足を置いているIT業界では、労働者派遣事業法の制約と多重下請け構造が様ざまな問題を誘発しています。派遣法が指揮命令系統を煩雑にさせ、司令部と現場の齟齬が生じます。元請けが受け取った額の半分以上が多重取引の中で消え、「人月詐欺」とも指摘されます。
 メルトダウン直後の混乱期ならともかく、何度も実験とリハーサルを繰り返すなかで、所属する組織は違ってもワン・チームの意識が醸成されてと思います。司令部もしくはNARRECのスタッフと現場の間に情報齟齬があったとは考えにくいし、よもやこのような重要なプロジェクトを派遣要員に任せるようなことはないでしょう。

■いまだに高濃度汚染の山の恵みも
 では何が原因だったのかです。何ごとにも“うっかり・ぽっかり・勘違い”は付きもの——とはいえ、それが許されないからこそホウレンソウ(報告、連絡、相談)が厳命され、マニュアルが整備され、指差し確認があり、二重、三重のチェックが行われます。徹底的に調べて糺さないと、トラブルは何度も起こります。
 自由気ままが当たり前の暮らしぶりと、軍隊式の指揮命令と命令遵守の体制はなかなか折り合えないものですが、人の命がかかる状況では止むを得ません。“うっかり・ぽっかり・勘違い”が信頼の失墜につながります。こればかりは政治活動にかかる裏金とは違って、原因をあいまいにし、プロセスを解明しないで済ませることはできません。
 福島第一原発は、地震と津波だけでなく、災害対策に地下水脈を加えなければならないことを教えてくれました。崩壊した原子炉建屋に山側から大量の地下水が流入し、それが溶解した燃料デブリや高濃度放射能物質と接触し海洋に流出したのです。それを防ぐための凍土遮水壁に345億円の国費が投入されました。
 もう一つ忘れられがちなのは、周辺市町村16万5000人が家と土地を捨て、ペットや家畜を見殺しにして避難しなければならなかったことです。汚染土を除去して居住制限が解除されたといっても、放射線量が高い林野は少なくありません。
 飯館村で放射線量の調査を続けている自称「農民見習い」伊藤延由氏によると、「村役場は村内山林で自生した山菜やキノコは食べないで、薪は燃やさないで、と広報している」(2020年4月時点)と言い、「つい最近採集した山栗を検査したら放射性セシウムの含有量は207.3ベクレル(Bq)/kgだった」とレポートしています。

■「技術大国」と胸を張れる日
 だからこそ、燃料デブリ取出し作業はトラブルなく、円滑かつ完全に進めなければなりません。安全は物理的な施設や数字で示すことができますが、安心は一つ一つ実行を積上げて行くしかありません。
 ちなみに言うと、3基の原子炉に溶解している燃料デブリの総重量は880tと推定されています。取り出す量が毎日3gだと全部取り出すのに2,933万3,333日、つまり8万365年かかります。最終氷河期から21世紀の現在までの時間に相当します。
 1時間当たり3gだと3,348年なので、さかのぼるとこの列島は旧石器時代の末期、中国大陸では殷王朝で青銅器が盛んに鋳造され、エジプト古王朝が全盛を迎えたころ。「塵も積もれば山となる」の諺を思い出します。
 ロボットアームの鉤爪が持つことができる10kgの塊を毎日1つずつだと24.1年です。8時間稼働させるとすれば1時間当たり1.25kg。1号機(燃料デブリが地下に浸潤しているかも)、3号機(冷却水の浸水が深い)では操作は難度が増すと思われますが、おおむね30年で廃炉という計算が成り立ちます。
 取出ししたデブリをどう保管するのか、埋設するとしたら「いつ・どこに・どのように」を解決しなければなりません。またそれまでに放射能を無力化する技術が開発されるかもしれません。放射能の無力化と安心・安全な原発の廃炉こそ、「技術大国」と胸を張ることができるでしょう。30年後、NHKが「プロジェクトX」で取り上げる日がくることを期待したいと思います。

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