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【小説】豚小屋症候群

ハシようやく締切を終えのんびり休日を過ごしていた。締切後の休日はのんびりゲームでもしながら過ごすのがちょうどいい。ぼーっとYoutubeを見ながら過ごすのはダメだ。あれは自分が何もしなくても刺激を与えてくれる。ピンクサロンみたいだとハシは思った。中学の友人と行った日のことを思い出す。

あいつの家で108円の缶チューハイを飲んで顔が熱っていた。頭の太い血管が一定のリズムで膨らみ萎んでいる。でも酒を飲むと一定のリズムもテンションの浮き沈みに合わせて鼓動を刻んでいるように感じてくる。ものすごい速さでリズムを感じていた時、ボッキしていることに気がついた。パンツの中がちんこの先でわかるくらいネバネバして気持ち悪かった。ピンサロに遊びに行こうぜ。外に出ると雨がしとしとと降っており、アスファルトを縫うようにして排水溝に流れていた。あいつと二人で排水溝で小便をした。俺はわざと排水溝の手前に出した。ハシの体を通ったチューハイは雨と混ざり合うことなくじんわりと排水溝に流れていった。ピンサロに着く頃には頭皮が少し湿っていた。霧が出ている夜だった。まつ毛が少し濡れ瞬きするたびに瞼に冷たい感覚が広がり、まなこの暖かさを感じた。色々な店の前を歩き回った末、ストロベリー&バニーみたいな看板のお店に入ることにした。看板は紫色に光っており、淵に近づくにしたがって光は弱まっていた。
「二人で30分で、、、」
「あ、フリーで」
ボーイにそう伝えると、外のベンチに座らされ、3本目のタバコを吸い終わる頃にあいつが先に中に通された。ハシは4本目に火をつけ6本目に火をつけたところで中に通された。店内は浅い仕切りで区切られていて豚小屋のようだった。入ってすぐの右の席であいつは嬢のおまんこを必死に舐めていた。ハシは左の一番奥の席に通され嬢を待った。しばらくすると下腹の出ている狸顔の化粧の濃い嬢がやってきた。挨拶もせずにズボンを下ろされ、雑巾のような端のよれたお絞りで亀頭周りを拭われた。淡々とちんこをしゃぶられている間、ハシは照明の中から出られず暴れ回る蝿をじっと見つめていた。豚小屋のような場所でただ受け身で射精感が昇ってくるのを待つ。あいつはまだ股に顔を埋めているのか。次の仕事はどんなふうに進めいくべきなのか。趣味の麻雀もただ時間を潰すためになんとなく椅子に座るだけになってしまった。そんな虚無感と不安感を感じていると、程なく下腹部が波を打ち短い快感と共に射精した。
「出すときは言ってよ」
腹の動きで出る時ぐらいわかるだろ、と言いかけたが、ただ会釈をして店の外に出た。

午前中はベッドでゴロゴロしながら何度も見た動画とYoutube Shortを見ていた。あの時と同じ頭の中にある自我をイメージできない時間がすぎていった。ふと、妻のことを思い出すと不安感に襲われ常用している抗不安薬を飲んでいないことに気がついた。体を起こし朝の分も含めて4錠、炭酸の抜けたビールで流し込んだ。鼻に抜ける香りもなく、ただ酷く生臭い穀物の味だけが残った。多分豚も狭いケージに閉じ込められ、同じような味のものを食って、不安感を紛らわすために泣き喚いているのだろうと思った。
パソコンを開きオンライン麻雀をしたが、気分は変わらなかった。妻と電話をする時間になっていたことに気がつき、ゲームのスイッチを立ち上げた後に、連絡をした。妻のログイン履歴を見てみると14日前と表示されていた。
聞き慣れた妻の好きなアニメソングがスマホから鳴る。
「もしもし、お疲れ」
「お疲れ様」
いつもと全く同じ挨拶から会話が始まる。二人でゲームをして自分で色々考えて刺激を受けていた。この刺激は心地いい。頭の中の自我を無理やり叩き起こして働かせることで、自我の存在を認識できる。ひと段落ついた頃に、ハシはふとピンサロのことを思い出していた。
「シコるの語源って、『愚直に淡々とやる』という意味の『シコシコ』って言葉からきてるらしいよ」
「女版『センズリ』って『マンズリ』だよね」
下品な下ネタも相まって、勃起していた。
「今から一緒にしない?」
たまに電話をしながら妻と自慰に耽るのがハシたちの日課だった。
「ん〜、、、いいよ」
なんだか煮え切らない返事に違和感を覚え、別にしたくなかったら無理にすることないだろ、とハシがいうと、いや一緒にしたい、と返された。

5分もたたずにハシは果てた。体汗ばんでいた。ピンサロで汗をかくことはない。ソープでも汗をかくことはない。他の女とするときも汗はかかない。一人で激しく自慰をするときも汗ばむことはない。汗ばむのは妻とするときだけだ。妻とするときにイけないことがある。別に妻を魅力的に感じないわけではない。キスをするとすぐ勃起するし、ハグで勃起することはある。なぜか射精まで至らないのだ。少し前までは、気を使いすぎているからだと思って、それほど気にしていなかった。今日は果てることができた、そう思うと不安感が薄れ強張っていた体の筋肉が弛緩していった。眉毛が思うように動く。ハシは眉毛が動くかを自分の精神の緊張状態を測る指標にしていた。普段はハシより早く果てる妻に射精したことを伝える。

「私はこれくらいでやめておこうかな、、、」

妻の発した言葉で心臓が一定のリズムで動き始めた。いや、後から思い返すと徐々にリズムが速くなっていったと思う。薄れていた不安感が徐々に濃くなっていくのを感じた。

「明日も仕事あるし今日はもう寝ようか」
「うん、楽しかったよ、また明日ね、愛してる」
「愛してる」

動揺を隠したかったのかハシはすぐに電話をきり、常用の抗不安薬をそのまま飲み込んだ後、タバコに火をつけた。何度か肺にニコチンを入れるにつれ、心臓のリズムは速くなっていった。頭の血管も膨張と収縮を繰り返し、タバコの煙を吐くときに声が出ていた。
ピギィぃぃぃっぃぃぃぃぃ
まるで豚のような鳴き声をあげている。喉を締め付け口を半開きベロを上顎に押しつけ叫んでいた。スマホに反射したハシの顔は口は笑っており、眉は下がっていた。待ち受け画面に映る妻の姿は滲んで見えた。喉が枯れるまで叫んだ後、睡眠導入剤を倍の量口に入れ、昼飲んだビールの残りで流し込んだ。味は全くしなかった。ふと視線を落とすとビールによってついた脂肪がシワを作って下着の上に乗っていた。

ふらふらと立ち上がると、そのままベッドに横たわる。動悸がおさまると入れ替わるように眠気が訪れてきた。朦朧とする意識の中、床に積み上げられたコンビニ弁当の殻をみて、豚小屋みたいだなと思った。そんなことを思うと少し楽になった気がした。

妻は豚小屋にいるのだろうか?そんな考えが輪郭を帯びてくる忘れるように野生動物が捕食される動画を流す。シマウマがワニに襲われ低い声を上げながら、ゴボゴボと水にひきづり込まれていった。何度も何度も同じ動画を見ているうちに視界がぼやけてきた。俺たちは豚小屋症候群だ。うまく声を出せないが、そう呟くと力尽きるように意識を失った。

7:30のアラームで目が覚める。妻が出勤する時間だ。「昨日は遅くまでありがとう。今日もお仕事がんばってね。」短い連絡を送った後、寝巻きのまま家を出る。タバコを一服して、そのまま駅へ向かった。


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