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京都とわたし(B面)
東京駅に向かうべく、6時台の上野東京ラインを待つ。やってきた
電車内を見ると土曜日の朝なのにわりと混んでいる。電車に乗ると、
まだ開いている乗降口から「コレはカワサキに行きますか?」
と尋ねる異国の人が。周りを見ても誰も反応しない。
発車メロディが流れている。
コレ、川崎に行くから乗って!と手招きをすると彼はギリギリ乗り込んだ。なんとなく念には念を…検索結果の画面を彼に見せる。
大丈夫、川崎に行くから。
「アリガトウ」と彼は車内の座席の方へ進んで行った。
今回は初めて新幹線チケットとsuicaを連動させてみた。
ほんと、タッチで入れるんかいな。おそるおそるタッチしてみると通過!
ちゃんと予約した時刻と席の印字されたチケットが出てきた。
座席は往復どちらもA席なので窓からの風景が楽しめそうだ。指定の席に
着くとコーヒーと読みかけの文庫本を置く。『あなたのことが知りたくて』様々な作家さんの短編小説集だ。読みかけをまた読み進めてゆくと
ハン・ガンさんの「京都、ファサード」と出会う。ファサードとは?!
と調べると建物正面の外観のこと、とのこと。
ぼんやりと京都の街並みを浮かべながらページをめくる。作中に
〉ヨーロッパで、ファサードという言葉は建物だけではなく、人にも使われるよね。他人に見せている、それぞれの原則と習慣によって形の決まった、世の中に向けている建物の前面のような、態度や性格の全体のアウトラインのこと。〈
という文章を出会いふっと小学生の時の何の授業だったか、コーヒーポットというモノを思い出した。このコーヒーポットはクラスの全員が1人1人の良いところを書いて本人に渡す、つまりクラスメイトの良いとこ探しなのだけれど。この時、私の元に集まった私の良いところは
〈誰にでも優しい〉〈力持ち〉……。
(※特に覚えているのはこれくらいであとは忘れた。なんか優しい、
というのが多かった。)
でもそれは私がクラスメイトに見せている姿であって家での私はお手伝いをしなくて母に叱られたり、おとうととファミコンを取り合ってケンカしたりしているんだけどな、どこが優しいんだろ、なんて思うと
胸がモヤモヤしたのを思い出した。
でも、そんな私を隠す、つもりはなかったけどあえて言わなかった。
それから「京都、ファサード」作中にふわっと表れた錦市場を巡りながらファサードという言葉をあたまの中で巡らせていた。
私が京都の台所でじっくり味わいたかったのは歳晩の旬、地元のひとの
歳晩の暮らしの匂いとかに触れてみたかった。
いくつかの八百屋さんで九条ねぎ、金時人参、海老芋、くわいも、を見かけて胸がときめいたけれど。地元の人が選んだりしている姿は見ることが
出来ず、ぎゅうぎゅうに行き交う観光客さんの波に飲まれて
進むだけだった。って、そんな私も観光客の1人だしせっかく
錦さんに来たのだから。
魚力さんで揚げたての鱧の天ぷらとレモンサワーで一献。
ここは地元の方々の暮らしになじんだ市場であり、海外からの観光客さんにも知られた市場でもあるのか…。どちらが錦市場のファサードなのだろう。なんて思いながらまた人波に入り込んで歩いてゆく。
それから新京極へ行き、今日は入れるかな、京極スタンドののれんを
くぐり、いつもの1人飲み宣言の人差し指を天に差す。
気風の良い女性に案内されて(やったー!)席に着き、
壁に貼られたメニューを見ながら、レモンサワーとオムレツを頼む。
今日は朝から歩きすぎてお腹ペコペコだ。ここは相席なので両隣には
連れと相向かいで飲む京言葉のサラリーマンがいる。
たぶん、馴染みの地元のひと、なのだろう。すると1人の若い女性が入ってきて私の前に座る。生ビールと粕汁を頼んでいた。
なかなか良いチョイスだな、私は大好物のちくわの天ぷら
(ほんとは磯辺揚げが大好物)を頼む。この満席の店内には地元の常連さんと観光客、どちらが多いのだろう…などと思いつつ飲む。
オムレツもちく天も1人で食べるにはなかなかのボリュームで
お腹いっぱいだ。さて、また歩こうか。
それから人波に入り込み河原町へ行き、夕方の提灯がつき始めた先斗町をふらり歩いて三条大橋の下にやってきた。
夕暮れの河原に座って鴨川を眺めていると鷺が降り立った。
その時ふっと
「ちえちゃんって、何を考えているか分からない」
わりと前に別れたひとから言われたことを思い出した。
その人と付き合っていた時は言われるたびに別に、何も考えてないよ。
今はぼーっとしてるけど。なんて言った。実際にそうだったからだけど。
その人の私に対する外観的なものが何だったかは分からないけど。
そこから入った私は何を考えているか分からないひと、だったのか、
なるほど。なんて思うと外と内とのギャップだとか、
ファサードという言葉の持つ奥行きなども頭の中から溢れてきそうで
ハッ!
と現実に戻ると私の背面は鴨川に降り立った鷺を見るひと、
撮るひとでいっぱいだった。
さて、そろそろ京都駅へ向かうか。
夜に映える京都タワーを撮ろうじゃないか、
(2024/12/31)
※『あなたのことが知りたくて』小説集 韓国・フェミニズム・日本
/河出書房新社