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ショートショート。のようなもの#21『満月ぽろり』
満月がポロリと取れた。
私が、夜空に手を伸ばしスプーンでくり抜いてしまったのだ。
お風呂上がりに、縁側でキレイな満月を眺めながらフルーツインゼリーを食べていた。
夜空に浮かぶ満月が、ゼリーの中に浮かぶ葡萄にほんの少し似ていたから、何気なく手を伸ばしてみたら、ぽろりと取れてしまった。
私は、急いで満月を元の夜空に戻そうとしたが、ついさっきまでフィットしていたはずの満月の窪みには周囲の夜空が流れ込んできて、元に戻すことができなかった。
私は仕方なく、瞬間接着剤で満月を固定しようと思い、満月の裏面にタラリと瞬間接着剤を垂らして、再び夜空に手を伸ばして、満月を元の場所に引っ付けることに成功した。
が、しかし、次の瞬間、私の指が満月から離れなくなってしまった。
私は、瞬間接着剤が指に垂れていることに気がつかなかったのだ。
そのまま、グッと満月を夜空に…そして、指先を満月に押さえつけてしまっていたのだ。
私は、なんとかして指を剥がそうと右腕に力を込めて、思いっ切り東の方向へ引っぱった。
次の瞬間、夜空に引っ付いた満月と指が少し東の方向に傾き、今夕に沈んだ太陽が西の空からビュンと顔を出した。
つまり、勢いよく夜空を引っぱってしまったせいで、夜空がたるんでシワが寄ってしまったのである。
私は、妻に事情を説明して、夜空にアイロンをかけて伸ばしてもらった。
しかし、普段、アイロンを使わない妻は、当て布という概念がなく、アンドロメダやペルセウスを焦がしてしまった。
終いには、夜空が幾重にも蛇腹状になったままピタリと糊付けしてしまったのだ。
しばらくぼう然としていたが、日本が多めに夜空を取ってしまっているという状況を把握した妻は、テレビをつけて世の中がどんな騒ぎになっているか耳をかたむけた。
すると、テレビの中では、ブラジルの人たちが何人も集まり、裂かれたようにパックリと口の開いた青空に手を伸ばして、必死で引っぱっている映像が流れていた。
それを見た妻は、ヘラを持ち出し糊付けしてしまった夜空のひだ噛ませようとするが、なかなか入らない…。
次第にブラジルの人たちは、青空を引っぱって戻すことを諦めて、パックリと開いた青空の口に、雲をペタペタを貼り付けてフタをし始めた。
引っぱられた空を力尽くで引っぱり返しても、争い事になるだけで意味がないと考えたのだ。
ペタペタ…ペタペタ…。
ペタペタ…ペタペタ…。
青空の口は、みるみるうちに閉じていった。
しかし、肝心の太陽がないままだ。
日本の夜空のほうに、太陽がスライドしてきてしまっているからだ。
妻は、ヘラを握りしめた右手を太陽に伸ばし、熱さに耐えながら太陽を夜空から剥がして見せた。 身支度を整えた妻は、剥がした太陽を耐熱性の優れた水筒に入れブラジルへ飛び立った─。
やがて、テレビからは、妻がブラジルの青空に太陽を貼り付ける映像が放映された。
そして、ブラジルの青空は見事に雲により修復されたのだ。
あとは、私の指先が満月から剥がすことができれば万事解決するのだが…。
何度も何度も、力尽くで剥がそうとして引っぱったせいで、満月を中心とした周囲の夜空が伸びてしまったのだろう、ダラーンと垂れてきてしまっている。
とりあえず、私は、伸びてしまった夜空を束ねて何カ所か輪ゴムで止めた。
いつまでも、こんなことをしては居られない。
意を決した私は、両足を浮かせると夜空に右腕でぶら下がったような状態となると、勢いをつけてグッと腹筋に力を入れて両足を蹴り上げて夜空に両足を着地させた。
つまり、スパイダーマンのように体を逆さにした状態で夜空に手足をついている状態。
ここから、足腰に力を入れて夜空を踏みしめ、背筋を駆使し梃子の原理を使って右手を引き剥がそうと試みた。
刹那、バリバリバリバリ!と足元で大きな音を起てたかと思うと私の体は、夜空を突き破って、夜空の向こう側へ入ってしまった…!
地球から、夜空を見上げると、満月の横に大きな穴が開いていて、そこから腕が伸びていて、満月に引っ付いているという状態か。
とりあえず私は、夜空の裏側に溜まっているホコリ払いながら、ゴホンッとひとつ咳をした─。
地上では、ブラジルから帰ってきた妻が、夜空に開いた穴の存在に気づき、しばらくこちらを見つめ、何かを考えていたかと思うと
「すべて、このスプーンが悪いのね。このスプーンさえなかったら、満月がくり抜かれることなんかなかったんだから!」
そう呟きながら、スプーンをゴミ箱に投げ捨てた。
…あ~ぁ。どうやら、これで、私がこの先、妻に助けてもらえることはないだろう。
なんせ妻は、“匙を投げた”のだから…。
~Fin~