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誰が何と言ったって

「誰が何と言ったって」といえるほどの意志が持てるという事は幸せなことだ。ある意味では無知だし、ある意味では無駄な知識を削ぎ落しているともいえる。

長い人類の歴史の中で、ここまで周りのノイズが良い意味でも悪い意味でも四六時中耳に入ってくる時代はないだろう。共通認識や絶対的な正解がなくなりつつある現代で、何かを捨てたり何かを批判することの方が実はわかりやすくて簡単であるという事を学んだ。「誰が何と言ったって」という意見をお互いがそれぞれ持っているという二極化した状態は、絶望的なようで実はわかりやすくて生きやすいものなのだと思う。正しいものや信じるもの、敵がはっきりしていて、余計なノイズが入ってこないから。それに比べてすべてが流動的で何も指標がない現代は、力を抜いて流れに自然と身を任せることのできる人でないと生き辛い。「誰が何と言ったって」というほどの意志がなければ周りのノイズに押しやられて自分の足で立っていることは出来ないし、迷って力んでいる間に沈んでしまう。強い意志があっても一生流れに抗って一方向だけ見ているというのはかなり無理のある話だ。

そんな世界の中で私は正解や目的を早く探して安心しようと必死になって力み、何度も溺れかける。一人一人があらゆる物事に対してそれぞれ自由な意見を持って流れている現代の中で、自分の憧れる誰かの流れに自分も乗ろうと必死だったのかもしれない。結果何をやっても想像通りに進まない、どこにも受け入れられないと躍起になり、正解がわからなくて自分で生き辛い毎日を作ってしまう。

生き辛さを散々味わった結果、気づいたこともあった。結局自分は自分であるということだ。日々いろんな角度の意見であふれかえっている現代だからこそ、抗おうとせず、流されず、なるべく沢山の意見を受け入れて自分の流れを見出していくしかない。

心に感じる苦しみやつらさは人間が人間として正常な状態にいないことから生じて、そのことを僕たちに知らせてくれるものだ。そして僕たちは、その苦痛のおかげで、人間が本来どういうものであるべきかということを、しっかりと心に捉えることができる。(『君たちはどう生きるか』吉野源三郎著)

苦しみを感じたという事は、自分にとって心地よい生き方が他にあるという事がちゃんとわかっているという事だ。焦らず、力まず、自分のペースでコツコツと小さな世界から作っていきたい。いきなり大きな波動になるという事はない。小さな波を、少しずつ丁寧に。

こう考えていくと辛さが落ち着くから、こっちの方が性に合ってるんだろう。感情に素直に生きていこうじゃないか。私にはあまり大きな夢や目標、計画などは向いていない。

星新一の短編集『ボッコちゃん』の中で、「最後の地球人」という話が好きだ。人類が雪だるま式に増え続けた地球では、ある限界を迎えた途端、一夫婦に一人しか子供が生まれなくなっていった。人口が増え続けて苦しい状況を一度味わっている人類は誰も対策をしようとはせず、滅亡に一直線に向かっていく。膨大な資産に対して、人口が減っているので皆が貴族となり富を取り合い執着することもない。種族存続のために生産をする必要もなく、優秀な種族を残すための教育も社会づくりも技術発展も必要なくなった地球では、働かずにものを消費するだけの生活が続く。最後に残った夫婦から生まれた最後の地球人である子供には、性別も人種も、名前も必要なかった。絶望のはずの最後の地球人は、自分ひとりだけの闇の世界の中で、「光あれ」といった。というような話だ。

この話を読んでいると、自分という生命は人類の長い歴史の流れの中の一つに過ぎないという事を思い出させてくれる。生きている中で感じる様々な苦しみや辛さは、自分ひとりのものではなく、生命が続いてきた流れの一部であるという事。また、人類の進化がまだある程度は続くからこそ味わうことができるものなのではないかとさえ感じる。宇宙規模のマクロな視点で考えると小難しい話のように感じるが、要は自分がこれからも生きたいと思っていて、進化していきたいと思っているからこそ悩んだり苦しくなったりするのだという事。悩んだり苦しんだりしている時間は一見停滞しているように感じるが、長い目や広い視点で考えればきちんと進んでいること。進化の途中である事。そんな希望である事を教えてくれる。

自分以外の流れを止めてしまうような、「誰が何と言ったって」という強い意志を持った人に憧れていた。

でもこの時代に生きる私は、それでは生き辛い。ならば自分の流れをコツコツと作ればいい。

『spectator』の編集長である青野利光さんは、インタビューで「生きた雑誌が作りたかった」といっていた。

私も、反対意見を一方的にせき止める強い意見ではなくて、新しい道を生み出し続けるような生きた意思を持つ人間になりたい。


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