シュグウツキミツ

とりあえずはじめてみた

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とりあえずはじめてみた

最近の記事

高く高く

その日は晴れていた。雲一つもない快晴である。秋の初め、まだ威力が強い太陽の光が地面や海面を照らし、上昇気流を作り上げていた。 それを待っていた者がある。 鳶である。 翼を広げると160センチにもなり、その翼に上昇気流を受けて高く飛ぶ。よい気流をつかまえればその高度も増すことができる。 次々と周囲の鳶が高く舞っていく中、その鳶はまだ松の木に留まっていた。その年に生まれ巣立ちから日も浅い若鳥である。 理屈はわかる。翼に風を受けることも何度もできてはいる。だが、あんな高度まで舞い上

    • ココロオドル

      O-6721番は汎用性家事サポートロボットである。サタケテクノロジーの主力商品だ。掃除や洗濯はもちろん、料理や公共手続きや各種料金支払いもできる。1台あたりは平均年収の2倍ほどで割高だが、自家用車とどちらか迷った末に購入されるほど普及している。経済の低迷で賃金が下がり、老後まで現役で働く人が多い中、家事一切を肩代わりしてくれる機械なんて、あって損なことはない。製品名が「ナニー シグマ」なせいか、「ナニ」と呼ばれることが多い。 14歳のカオルは最近いつも苛立っていた。両親の言

      • カーテン

        さあさ、お立ち会い。紳士淑女の皆々様、今宵は我がショーにおいでいただき、誠に有り難く。皆様方を日常では味わえない世界にご招待いたします。さて、皆様は獣人というものをご存知かな?そう、昔の映画や舞台、小説でお馴染みの狼男。普段は人間で、満月の夜になると獣に変化してしまう。今宵ご覧いただくのは、その獣人でございます。とは言っても、フィクションの獣人とは違い、満月の夜でなくとも変身いたします。どういうことかって?それはこの獣人の身の上話を聞いていただければわかります。聞くも涙、語る

        • 力を込めて

          サマンサは気のいい少女である。いつも笑顔で周囲を温かくさせる。サマンサが困っていたり悩んでいたり、怒ったりしているところをブライアンは見たことがなかった。 「サマンサ」 「ブライアン、ほら、これがその葉っぱだよ」 笑顔で教えてくれるが、「その」がどれだかは分からない。頭の中での想像は他人とは共有できない、という理解がいまひとつできないのだ。 「風が冷たくなってきた。中に入ろう」 それでもブライアンは、サマンサが自分の大事なものを教えてくれたのは分かった。それが嬉しか

          過ぎた日を思う

          どうしてこんなことになったのだろう。このままここを立ち去って、無かったことにできればまたあの日常に戻れるのではないかと一瞬望みを抱いてしまう。そうなればどれだけ助かることか。 だが。 既に目の前には死体があって、僕の両手は血に塗れている。ナイフの柄には指紋が付いているだろうし、僕の左手の傷の血だってここに残っている。彼女が来たのは他の部屋の住民の誰かが見ただろうし、何よりこの部屋は僕の部屋だ。 これで逃げても、部署の皆は彼女が僕に迫っていたのは知っていたし、科長に相談もしてし

          たそがれどき

          残暑の昼も過ぎ、太陽が西に沈まんと傾いていた。それにつれて周囲の色も明るさをなくしてゆき、目はだんだんと物の境界を見失っていった。 いよいよ空も暗くなり、空に少し残った雲に、波長の長い赤を中心とした色が映っていた。 たそがれどき。他は誰そ。彼は誰そ。 「そちらに行くと危ないよ」男声に引き止められた。 川の土手、誰もいないはずだった。 声の方に目を向けると、丁度沈みかけた太陽の方向だった。逆光で容貌がわからない。若い男のようだが、どうか。 「蟹でも捕るの?あっちの橋桁の方が良さ

          静寂に包まれた部屋

          茜は正義を信じていた。たとえその手を血で染めても、その先は正義へと続く道だと信じていた。だからこそ、過酷な訓練にも耐えてきたし、今も日常の鍛錬を欠かさない。どんな事態でも動じない心と、何が起こっても対応できる身体を作り上げてきた。任務の途中で何を見ようと、目前の光景に惑わされずに完遂できる。惨たらしく死んでいく人々も、その先の正義への犠牲であると確信していた。 その日の任務は組織への侵入者の排除だった。厳重である筈のセキュリティをくぐり抜け、張り巡らされた監視網をも突破して

          静寂に包まれた部屋

          粘菌王国

          僕は僕だ。でも僕たちも僕だ。僕たちはいつも一緒だ。誰かが食事をすると、僕は飢えずに済む。僕が食事をすると、その分僕たちにも少しずつ栄養がまわる。僕は一人であり、僕たちでもある。 僕が、僕たちがいつからここにいるのかは忘れてしまった。僕たちは少しずつここで食事をとる。 ここはいいところだ。適当に薄暗くて暖かくて、食事もまだまだ十分ある。 いいところというのは、他の奴らも来るということだ。いま、僕たちのだれかがなにかにくわれた。ぼくはいたくはないけれども、だれかのいたみはすこしわ

          形の無いもの

          掏摸なんてチャチなものじゃない。強盗なんて品がない。 僕には矜持がある。 狙うのは大富豪だ。どんなセキュリティだろうが、下調べや準備を怠らず、完璧なプランを立て、誰にも気づかれることなく侵入して盗みだす。相手は大金持ちだから、少しぐらい無くなっても気にされない。去るときも僅かな跡も残さない。相手は盗まれたことにすら気づかれない。 盗んだものを売るのだって足がつくようなヘマはしない。どだい売る相手だって後ろ暗いんだ。こちらを検索することもない。 そんなことを続けているか

          ジャングルジム

          テーマパークのガイドというのは長くやるものではない。決まった光景で決まった台詞を決まったタイミングで話さなければならない。客もそのことは承知の上で、決まり切った展開をただ楽しんでいる。安全で変化がなく、それでいて客に逸脱しないようにさりげなく求めることも重要だ。 ガイドになりたての頃は、仕事を覚えるのにのが精一杯で、それなりに充実していたんだと思う。だが5年も続けると仕事も覚えて新人に教えられるまでになり、多少のトラブルにも余裕で対応できる。トラブルも多少で済まないものなん

          花畑

          「花畑!ちょっと待てよ」と坂本裕太の呼び声で、花畑圭介は振り返った。 「なんだよ、坂本」昇降口に向かおうとしていた花畑は訝しんだ。 花畑と坂本は、取り立てて仲の良い友人というわけではない。たまたま選択授業が重なり、週に2度ほど同じ教室で机を並べる程度だった。 「いいから来いよ」坂本は階段を上ろうと振り返り、仕方なく花畑は着いていった。 電車、逃しちゃうんだけどな、と内心で呟きながら、階段を上がる。 自分たちの学年の教室がある2階を通り越し、上級生たちの階をも通り抜け

          空が泣く

          昼はまだ暑いが風が涼しくなってきた。日が暮れると過ごしやすい気温になる。 一人草原を歩く。背の高い穂をつけた草が茂る。 蝉に変わって、コオロギの鳴き声が辺りに響くようになった。空を見上げる。 煌々と月がてっている。明るい夜だ。 西の方に目をやると、空の色が暗くなってきているのがわかる。雲だ。風に乗って、みるみる月を覆い隠していく。 重い鉛色の雲が上空を覆っている。 額に当たるものがある。パラパラと周りの草を弾く音。降ってきた。大粒の雨。 最初は疎らだったが、どん

          突然の君の訪問。

          うわ、びっくりした。と、いきなり驚かれた。 なんだよ、大げさだな、来て悪いかよ。と、毒づくと、 いやいや悪かったよ。君が悪いんじゃない。ただね、今ちょっと怖いことがあってさ、なんて気になることを言う。 どういうことだよ。 実を言うとね………この前さ、ネットで知り合った女の子がいるって話をしたじゃん、その子なんだけどさ。どうも厄介な子らしくて。最初は俺の通勤先とか聞いてきて、ま、答えちゃったのが悪かったんだけどさ、職場の最寄りまで待ち構えるようになっちゃってさ。いやいや

          突然の君の訪問。

          雨に佇む

          まいったな、と葉月は呟いた。 図書館に籠もり、閉館時間だからと追い立てられてエントランスに出ると、豪雨だった。 戻ろうにも図書館は閉まってしまうし、司書に頼んで雨宿りさせてもらおうにも、追い立てたあの顔色を思うとそれも無理そうだった。 まさか降るとは思わず、傘の用意もない。 視界が効かないあたりを見渡すが、近くに雨宿りできそうなところも無かった。 まいったな、と再び呟き、道の向こうに確かあった電話ボックスまで、雨に濡れる覚悟を固めているところに、車がきた。 町が運

          私の日記帳

          日記帳を持ち歩いていた。文庫本サイズの罫線も何も印刷されていない、白い日記帳。文を書くのもよし、絵を書くのもよし。日々思いのままに書き連ねていた。 当然、サマーキャンプにも持っていっていた。小学校の配布物の中に案内があり、両親を説得して参加した。 あのときの熱意は何だったのだろう。 初めてのサマーキャンプ。友達と示し合わせたわけでもなかったので、参加者に知ってる子はいなかった。他の子達は友達同士で参加していたようで、私は一人だった。 寂しかったわけでもない。すぐにグル

          向かい合わせ

          「相席、いいですか」と尋ねながら、その男は座ってきた。私は少し目を上げて頷くと、そのまま本を読み進めた。 こうして向かい合わせになると、奇妙な緊張感が生まれる。 男は運ばれたコーヒーを啜りながら、辛うじて聞き取れる声で囁いた。 「ターゲットは情報通り、日課のランニングを始めている。コースもいつもと同じだ。その後は自宅に戻り、車で職場に向かう。チャンスは車に乗り込むまでだ。」「ガレージは」「外」「了解」 会話はそれだけ。私は本を少し読み進め、席を立った。男はゆっくりとコ