もう酒なんていらない

酒が飲めない妻が好きだった。

「一緒に飲めないの寂しくね?」と友人に言われたけど全然そんなふうには思わなかった。


妻と出会った当初おれはその頃毎晩飲んでいた。
毎日ビールを美味しく飲むために仕事してるといっても過言ではなかった。

昔バンドをしていた頃、連日にわたって無茶苦茶な飲み方をしていたから20代後半にさしかかった頃、健康診断で肝臓が完全にやられていたことが判明した。

再検査となり先生から「週に2日は休肝日作ってね」と言われたが守れなかった。
それくらい好きだった、というか依存しかけてた。


一緒に暮らすようになり、週末だけ酒を飲むようになった。
将来のために本格的にお金が必要になっていく時期だったので毎日飲むのはさすがに気が引けたし、現実問題そんなお金に余裕はなかった。

平日仕事終わりに飲みたい気持ちを抑えていた分、週末の飲酒は楽しかった。
「そんなにおいしいんだね」と妻も笑ってた。

ただ、問題なのはそこで良い気分になり
ソファーでそのまま風呂も入らず寝ることも増えた。

しばらくして起こされても
「風呂めんどくさい」とか言いながら身体を起こそうとしなかった。


それからしばらくして子供を作ろうという時期におれたちもさしかかった。
タイミングをとるのは必然的に週末になった。
おれは相変わらず週末の飲酒を楽しみにしていた。
目の前の妻の表情が曇っていることをおれは傾けたグラス越しに見ていた。

飲酒をするとソファーでいつものように寝た。
間髪入れずに妻が起こしてくる。
「明日じゃダメ?」と言うおれに妻はキレた。

家で飲酒する楽しみを理解してくれない妻にモヤモヤすることもあった。
そんなことが何回かあった。


そのうち本格的に不妊治療が始まり、
しかも原因がおれにあるということで本格的な禁酒を余儀なくされた。

最初は一切酒を飲めないことにいらだちを感じていたが、毎月妻が泣いている姿を見て
そんないらだちも吹っ飛んだ。


無事、妻の妊娠が発覚した夜
おれは9ヶ月?ぶりにビールを飲んだ。手が震えた。正直に言うとめちゃくちゃ美味しかった。
頭が一瞬で「また飲みたい!」と感じるようになった。

また以前のように週末だけ飲む生活が始まった。
ソファーで寝ないようにだけは気をつけるようになった。

やがて臨月が訪れ、
「いつ産まれてもおかしくないから飲むのやめてね」と言われた。
また飲めなくなったことが辛いのか、子供が産まれる喜びと不安のせいなのかわからないがずっと気持ちが落ち着かなかった。

子供が無事に産まれて、妻と子供が退院するまでのあいだ
「しばらく酒は飲めないぞ」と思い、毎晩家で飲酒をした。
その結果、子供を家に迎え入れる準備を一切せず、子供のいる生活をまったくイメージできないままの新生活を迎えることになった。


現在子供もいま一歳を過ぎたが
おれは家で一切飲酒していない。
かといって外で飲んでるかというとそうでもない。というか子供産まれてからみんな気を遣ってから誘われる回数めちゃくちゃ減った。グスン

それでも妻が酒好きだったら、授乳中の期間はとくにおれが飲みに行くことを快く送り出してくれなかったかもしれない。知らんけど。


酒が飲めない妻が、好きだ。

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