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傘が必要な世界の話

わたしたち人類は、青くて丸い惑星に住んでいるらしい。そうだと見聞きするだけで、実際に宇宙へ飛び出して、自分の目で見たことがないから"らしい"なんて部分に半信半疑だという、わたしの気持ちが表れている。

写真や映像でしか見たことがない、涼やかそうなこの星が、豊かな環境を損なったことで熱を帯び始めた頃から数十年……いや数百年? いつから温暖化しているかは、星のみぞ知ることだが。最近は、昼間に外を出歩きたければ、特殊な加工を施した日傘が必要になった。

まあこんな世界なので余程、重要な用事でもなければ、部屋の外へ出ることはない。学校も、ほとんどがオンラインでの授業で、画面に映し出される先生やクラスメイトたちの顔は知っているのに、みんな画面の向こうだからか、現実感が、あまりない。

本当に存在しているのかさえ怪しむこともあるくらいだ。今や技術の発達で、画面の向こうに起こった出来事が、本当のことなのか、捏造されたものか考えることさえ、人類は放棄しているように思う。もしくはこの世界は、わたしたちでは計り知れないくらい巧妙に造られているようにも思う。誰の手で、誰の意思でとは明言できないけれど。

まあ、ここで話を戻すと。傘が必要なのも、強すぎる紫外線や、突き刺すような太陽の光を遮るためだ。さもなくば、視界は強い光の白で埋め尽くされてしまう。とはいえ、気候がおかしくなってからは降り注ぐ日光だけでなく、地面からの照り返しも暑くて、外を出歩く人は、だんだん少なくなっていった。おかげで今歩いている道も、ほとんど人の姿がない。あと、急に降り始める予測不可能な雨も、この頃かなり増えたように思う。

仕方なし、といった面持ちで向かいから歩いてくる女性は、スーツの上着を片脇に持ち、どこかで見たことのあるような絵画の柄をした傘を、すらりと細く色白の手で握っている。他にも歩いている人は居たが、皆一様に軽く俯き傘の下に出来た影に隠れるようにして、心許なく歩いている。

たとえ、その中に人でない者……もっと詳しく言えば、人間の体ではあるが、その頭部は異形で、首から頭ではなく傘が生えている者が混ざっていても分からない……なんて、暑さに浮かされた妄想は、アスファルトの向こう、陽炎の彼方へ消えていく。

今日は特に、吹き抜ける風さえも暑さを運んでくる。信号を待っている間、建物の影へ入ってみても、日向よりはマシというほどで、驚くほどの変化は無かった。熱を持った風は、目的地に着かないわたしを嘲笑っているかのように、頬を撫でて、吹き抜けてゆく。