いえに戻って、最期まで。―はじめに
2017年に母、2020年に父、そして、今年2024年の5月には20年間「主介護者」を続けてきた認知症の友人を見送った。
母92歳、父96歳、友人89歳。看取りの場所は三者三様だった。母は自宅、父は医療療養施設、友人は特別養護老人ホーム。母と友人については「できるだけやった」という納得感がある。しかし、自宅で転倒し、念のためにと検査入院したのがきっかけで、いえに戻ることができなくなってしまった父については、さまざまな後悔が残った。
当時95歳だった父は、要支援2から要介護1になったばかり。フレイルが進んで歩行がおぼつかなくなっていたので、遠距離介護をしていた娘としては「見守り」をもう少し手厚くと、考えていた矢先だった。入院は「念のための検査」が目的で、「なにもなければ、入院は2週間程度」といわれていた。ところが、退院前日、誤嚥性肺炎を起こしたことで入院が長引き、1か月足らずであっという間に「寝たきり」になった。
うかつだったのは、超高齢者の入院についての私の想像力が、いまひとつ十分ではなかったことだ。病院での「安静仰臥(あんせいぎょうが)」が引き起こす弊害については、短期間の入院で認知症が一気に進んだ友人や母の経験などを通じて学んできたつもりだったが、そこそこ元気だった父がこれほどすばやく「寝たきり」になることには、不覚にも思い至らなかった。
父の場合はうまくいかなかったが、どうしたら病院からスムーズにいえに戻ることができるのか。その方法を探ってみたいと思った。考えてみると「退院支援」や「医療と介護の連携」という言葉を聞いたことはあっても、実際にはどう行われているのかを、本人や介護家族は知らない。医療や介護の専門職でも、自分の専門以外ではイメージがうまく浮かばない人が多いだろう。
そこで、退院する高齢者をいえに戻し、退院後の本人の暮らしを立て直しながら、穏やかな最期につなぐことに尽力している医療と介護の専門職たちに、それを叶えるために、どんなことをしているかを聞くことにした。そして、そうした人たちの現場での活動や、仕事のポイント、問題のあり方や解決の糸口がもっとリアルに目に浮かぶよう、「おうちへ帰ろう」の合言葉で退院支援のシステムを全国に広めてきた、宇都宮宏子さんにも協力していただいた。
本書は、介護情報誌『Better Care(ベターケア)』での連載(2019年秋号~2023年夏号)を元に加筆、追加取材した。介護保険制度のゆらぎや在宅介護人材の不足で、退院後の「その人らしい生活」の立て直しは年々むずかしくなってきた。そんな時代だからこそ、歳を取っても最期まで、自分の「暮らしの場」があり続ける社会を、本人、家族、医療・介護・福祉の専門職、市民、行政が、ともに考えていくことがあらためて求められている。