互恵で栄える生物界―訳者あとがき
本書は、クリスティン・オールソンによる『Sweet in Tooth and Claw - Stories of Generosity and Cooperation in the Natural World』を邦訳したもので、邦題『互恵で栄える生物界―利己主義と競争の進化論を超えて』が伝える通り、私たち人間もその一員であるこの地球上の生物は、互いに助け合いながら栄えてきたことを教えてくれる1冊だ。
「私たちは、周囲の自然との複雑で創造的で活気に満ちた関係に支えられ、自然の一部として存在しているからこそ、生きることができる」という言葉が、まさに著者が本書に込めた気持ちを言い表している。
そして、学校の生物の時間に習ったダーウィンの「適者生存」やドーキンスの「利己的な遺伝子」といった言葉が伝える「競争」、「勝ち残り」、「利己主義」の概念にとらわれているかぎり、人類がこれから歩む道にはいっそうの苦難が待ち受けていることも教えてくれる。
8つの章はどれも興味深い。
第1章ではカナダの森に分け入り、森の木をすべて切り倒してから材木に適した同じ種類の苗木だけを整然と植えるという従来の商業林の問題を明らかにする一方、それぞれの樹木が地中の(私たちの目には見えない広範囲にわたる)菌根菌ネットワークを通じて互いに助け合っている様子を描く。種類の異なる樹木、大小さまざまな樹木が、土の中で連絡をとりながら足りないものを融通し合っていることなど、地面の上に立つ私たちには想像もつかないが、多くの研究者の努力によってその事実がわかってきている。この章を読んだあとでは郊外で森や林を目にしたときに見える景色は大きく違ってくるだろう。いや、庭先の小さな木を見ても、土の中の会話が聞こえてくるように思えるにちがいない。
第2章では、少しごまかして労力を省いてしまうかわいらしいマルハナバチを想像しながら、互いに力を貸しあって繁栄してきた生き物の相利共生についてさらに考える。そして、人間の相互扶助の大切さを説いたクロポトキンにも思いを馳せる。クロポトキンという名前を聞いたことはあっても何をしたかよく知らない読者は多いと思うが、「実在のスーパーヒーローを探している映画制作会社があれば、この人物には映画の主人公にするにふさわしい、大いなる価値があると感じるにちがいない」と著者が言うほどの波乱万丈の一生からは、最後まで目を離せない。
その後の章では、想像力を最大限に発揮して私たち一人ひとりがもっている目に見えない微生物叢を思い描き、砂漠化していた放牧地に豊かな緑と水とビーバーダムを取り戻したアメリカ西部を訪問し、環境再生型農業に取り組む農地を訪れ、メキシコのコーヒー農園で長年研究を続ける学者から話を聞く。コーヒー好きな読者は、コーヒー農園の様子に興味を惹かれること請け合いだ。
そしてどの章を読んでも、地球上の生物すべてがつながりあって、互いに協力しているからこそ、私たち人間も生きていられると実感する。さらに、サーモンが遡上する川の再生が進みつつあるオレゴン州の太平洋岸などを訪ね歩いたあと、最後に大都市に戻るのは、「私はこの本を締めくくる章を、都市をめぐるものにしたいと思っていた。都市で暮らす人々が人口の大半を占めているからだ」という著者の考えに沿ったものだ。
こうして最後の第8章では、多くの読者にとって身近と思われる都市のこれからについて考える機会がある。「都市に密度の高い樹冠があれば、木陰では路面の温度が日の当たる場所より摂氏11度から25度も低くなることがある」、「その他の緑樹も都市の熱を下げる働きをする」、「舗装道路から見上げるような位置の屋上緑化でさえ、下方の歩道の温度を下げる効果を果たす」、「都市の緑化は大気汚染も減らしてくれる」といった緑の効用には、近年の夏の酷暑に危険を感じているにちがいない多くの読者が、惹きつけられずにいられないだろう。
もちろん建築物の高断熱化や都市計画などの大規模な施策が必要になるが、一人ひとりの小さな努力で庭先やベランダに緑を増やせれば、誰もが大きな自然の力の一部になって、相互扶助、相利共生に加われるのではないだろうか。ほんのわずかな力でも、自然が仲間に入れてくれることを信じたい気持ちでいっぱいだ。
著者のクリスティン・オールソンは、オレゴン州ポートランド在住のライター、作家で、オールソンの書いた記事はさまざまな新聞や雑誌などに掲載されている。2014年に出版した前著『The Soil Will Save Us―How Scientists, Farmers, and Foodies Are Healing the Soil to Save the Planet(土は私たちを救う─科学者、農場主、食通はいかにして土壌を癒やし、この惑星を救っているか)』では、人間がこれまで誤ったやり方で農場と牧場を拡大してきたことで、土壌に含まれていた炭素の80パーセントを失ってしまったと指摘した。
そしてその炭素は今では大気中にあるから、このままではたとえ化石燃料の利用をすぐにやめたとしても地球温暖化は続くと警鐘をならす。その一方、私たち人間の力で大気中の炭素を再び土壌に戻す方法があると説く。
それに続く本書の執筆には「およそ6年をかけ」、「考えを巡らせていた期間は数十年にもなる」と謝辞にあるから、数多くの学者のもとを実際に訪ねて研究の内容を自分の目で確かめたうえで深い考察を巡らせた、著者渾身の作と言えるだろう。そうした著者の熱い気持ちが、訳文を通して読者に伝わることを願っている。(後略)