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土と脂―訳者あとがき

 本書は、デイビッド・モントゴメリーによる土と農業と人間の関係を探求する著作の第4作であり、アン・ビクレーとの共著としては『土と内臓』に次ぐ2作目となるものだ。

 最初の『土の文明史』は、土壌の肥沃さと文明の盛衰興亡との関係を明らかにし、土壌を荒廃させた文明が滅亡することを示した。初の共著である2作目『土と内臓』では、植物の根と人間の腸の類似性に注目し、どちらにおいても微生物が栄養の取り込みと免疫に、ひいては植物と人間の健康に重要な役割を果たしていることを明らかにした。植物の根と人間の腸は、裏返しのものであり、根を取り巻く土壌中の微生物や腸内の細菌との共生が生きていく上で欠かせないという事実は、ある意味でセンセーショナルだった。3作目の『土・牛・微生物』では、前2作を踏まえて、土壌を疲弊させず、反対に豊かにするような農業の可能性を、世界各地での取材に基づいて提起している。それは、原題Growing a Revolutionからわかるように、農業革命の可能性を予見させる「楽天的な環境問題の本」だった。そして本書では、地質学者であるモントゴメリーと生物学者のビクレーが再びタッグを組み、それぞれの専門から、農業のやり方が土壌から作物や家畜へ、そして人間の健康にどのように影響を与えるかを探っている。

 本書の原題What Your Food Ateは、直訳すれば「あなたの食べものが食べたもの」という意味になる。野菜、果物、コメやコムギなどの穀物は土から育つ。肉やミルクを作るのは家畜が食べた餌であり、それもまた土に育ったものだ。私たちの食べものが食べたものとは土であり、その健康は、さらにそれを食べる人間の健康は、土に左右される。そして土の健康を決めるのは土壌生物であり、土壌生物を痛めつけるような農法を採っていれば、それは土壌の健康を損ない、巡り巡って人間の健康も損ねる。現在、先進国を中心に増加している心臓疾患、がん、糖尿病などの慢性疾患の多くは、その結果と考えられる。

 邦題『土と脂』は、第11章の章題「地の脂」に由来する。これは旧約聖書の創世記にある言葉で、日本語では一般に「その土地の最上のもの」というように訳される。また、英語の慣用句で「live off the fat of the land」は「土地の恵みで豊かに暮らす」という意味だ。だが、土地がもたらす脂は、比喩ではなかった。土の中の物質が、土壌生物のはたらきで脂肪をはじめさまざまな栄養となって、農作物や家畜に取り込まれ、それを人間が食べる。合成化学物質や耕起によって土壌や土壌生物を攪乱すれば、土からの栄養は減ったり、バランスが変わったりするのだ。

 もちろん、解決策はある。土壌生物を増やし多様性を高めるような農法、環境再生型農業(リジェネラティブ)は、作物や家畜、そしてそれを食べる人間の健康を高める。こうした農法は、炭素を土壌に貯蔵する効果を持ち、地球温暖化対策にも貢献する。慢性疾患の予防は医療費の削減につながり、社会全体の利益にもなる。個人、社会、地球環境の健康が一体となる可能性がそこにはあるのだ。

 栄養と健康の情報はメディアにあふれている。だが、食品に含まれる栄養や健康成分への関心は高くても、本当にその食品に期待する成分が十分に含まれているのか、まして栽培法がどのように影響しているのかまで気にかける人は少ない。食べものがどのように育ったかは、健康のために何を食べるべきか、何を食べるべきではないかという議論から抜け落ちているが、食べ物の選択と同じくらい重要だ。モントゴメリーとビクレーはそれを膨大な論文の精査と実地の調査により見事に描き出した。

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