いえに戻って、最期まで。―おわりに
「在宅ケア」にかかわる本を書き始めてから、本書が10冊目になる。今回は本人を送り出す病院の「患者支援センター」の責任者から、在宅で訪問を行う医療・介護の専門職まで、医療と介護の現場で「いえに戻って、最期まで」を応援する13人のプロに登場いただいた。
「入院はその人のQOL(生活の質)を段階的に下げていく」と、訪問診療医の佐々木淳さんが本書でも語っているが、大腿骨骨折、脳梗塞、心筋梗塞、誤嚥性肺炎、がんなどで入院し、退院した本人の状態を見て、「このまま自宅で介護できるのか」「本人は元の暮らしに戻れるのか」と不安を抱く家族は多い。
若い時期の入院では、病気の治療を終えたら、比較的スムーズに自宅に戻ることができるが、高齢者は入院中に起こった変化を引きずって退院することが少なくない。医療を引き続き必要としたり、今までのように日常生活を続けることができなくなったり、治らない病気をもってしまったり、体調が不安定で入退院を繰り返したり……。そうした人たちが「生活の場」に戻って暮らしていくためには、さまざまな応援を必要とする。
介護に加え、医療が必要となったことで「いえではもう無理と、先生に言われた」と、介護施設についての相談を受けることも増えてきた。そんなとき、いつも思うのは、本人にとって住み慣れた「いえ」での生活をいきなり断ち切るのではなく、少なくとも退院後「いえ」でできること、在宅での医療と介護の可能性と介護負担の軽減について、もう少し家族や介護者に知ってほしいということだった。本人がこれからどう暮らしていきたいのかを聞き出し、お互いのストレスを軽減することで、過酷になりがちな介護もやわらいでいってほしい。そんな願いから、本書は生まれた。
最近、介護現場の二極化を、いろんな場面で感じる。いっぽうのキーワードは「効率化」。これはICTなどの導入で介護の「生産性」を向上していこうという方向で、介護を誰でもできるようにモデル化し、ムダを省いて利益を上げることをめざす、厚労省が進める方向だ。介護では在宅でも施設でも、病院の「医療モデル」とは違う「生活モデル」をつくってきた。このまま効率化を過度に推進していけば、介護が医療的な「管理モデル」になってしまうと危惧する人もいる。
もういっぽうは人と人とのつながりを大事にし、自身の技術も磨きながら、関わりのプロセスを積み重ねていくケアのあり方だ。こちらは、仕事への矜持を持つことができるかわりに、手間も人手もかかる。国はこの方向の支援には消極的だが、こうあってほしいケアはどちらかと聞かれれば、こちらを挙げる人が圧倒的だろう。
今回、登場していただいた13人の専門職は、こうしたケアを大切にしている人たちだ。忌憚のない意見をいただいたことに感謝したい。ここにデイサービスやデイケア、小規模多機能型やショートステイなどの「居宅介護」と、地域のサポート資源が入れば、在宅を応援するネットワークができあがるが、今回は残念ながらそこまで加えるスペースがなかった。
「協力」では足りないほどの、たくさんの助力・助言をくださった宇都宮宏子さんからは、読者へのこんなメッセージをいただいた。
「治せない病気があっても、入院前と比べて暮らしづらさがあっても、医療やケアのサポートを上手に使えば、暮らしの場へ帰ることはできます。そうしたことを、病院で当たり前の風景にしたくて、20年前から活動してきました。中澤さんのおかげで、皆さんに知っていただくことができて、感謝しています。一緒に暮らし方を再構築していきましょう」
(中略)
誰もが自分の望んだ場所で、最期まで穏やかに暮らせる「ケア社会」の実現を願って。