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物語る絵と余白のある文章で、読み手の人生に寄り添う絵本を伝えたい。

藤村ゆきこさんは、岩手県で6人目の絵本専門士。絵本専門士とは、絵本に関する高度な知識、技能及び感性を備えた絵本の専門家で、2014年に国立青少年教育振興機構が創設した民間資格です。子どもの感情や想像力、言葉の表現を豊かにしてくれる絵本は、大人にとっては自己肯定感を育む場でもあります。年齢に合わせた絵本の楽しみ方を伝える藤村さんにお話をうかがいました。

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藤村さんが幼少期によく読んだ絵本
「もぐらとずぼん」と「モチモチの木」。
「モチモチの木」では、
木が月を背にして輝く場面がお気に入りで何度も眺めた。

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「子どもにとって絵本はおもちゃ」。
「もぐらとずぼん」の見開きにはクレヨンで絵が描いてある。

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藤村さんのお父様が、
初めて孫に読んであげた本でもある「もぐらとずぼん」。
親から子、子から孫へと引き継がれた絵本には、
記念日が書き込んである。

-絵本に接するきっかけは?

藤村さん:2002年に長男を出産したとき、友人から出産祝いに福音館書店が発行する「こどものとも」シリーズの50冊セットをもらったことです。2000年は「子ども読書年」という、子どもたちの読書活動を応援すると国が表明した年でした。子どもの言葉や感性、創造力などを啓発し、人生をより味わい深く豊かにするためです。このころから「幼児への絵本の読み聞かせが情操教育にいい」といわれ始めていたので、贈ってくれたのだと思います。

-どうして好きになりましたか?

藤村さん:寝る前の読み聞かせがきっかけです。絵本が大好きな子で「もこ もこもこ」が特にお気に入りでした。中に出てくる擬音語を体を使って表現して遊ぶんですが、絵本をめいっぱい楽しんでいる子どもを見るのは私も楽しかったです。続けているうちに、一日の疲れや嫌な出来事で重くなった自分の心が、絵本を読んだ後は軽くなることにも気が付きました。

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主催する大人のための絵本講座「絵本探検部『えとことば』」にて。

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11月の「絵本放談」のテーマは「イヌ、ネコ(&その他)」だった。

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動物が主役の絵本なら、ライオンが一番好きという方も。
「ごきげんなライオン」など3冊を紹介されました。

-どうして大人に絵本が必要と感じましたか?

藤村さん:夫の赴任先だった岩手県宮古市で、2011年3月11日に起こった東日本大震災に遭いました。同じく被災した子どもたちのために読み聞かせのボランティアをしたのですが、一緒に来たお母さんが「絵本を読んでもらっている間、震災を忘れて、日常に戻ったような気持ちになりました」と話してくださり、大人の心も癒してくれるのだと分かりました。

-避難所での読み聞かせについてお聞かせください。

藤村さん:日付は覚えていませんが、3月中には開始しました。被災して間もなく大人は生活の再建に向けて動いていて、日中、子どもたちは学校や公民館などの避難所や臨時の学童で過ごしていたんです。やはり避難所になっていた長男の小学校の「図書ボランティア」に所属しており、他のメンバーと話し合って、読み聞かせや絵本の寄付をすることにしました。寄付する絵本は被害の少ない地域に住む家族や友人に送ってもらいました。

-どんな絵本を読みましたか?

藤村さん:活動に夢中で、何を読んだかは覚えていません。ただ、話し合いの中で「楽しかったり、心が温かくなるような昔話を選ぶ」ということは決めていました。

-図書ボランティアはいつから?

藤村さん:長男が小学校に入学した2009年から図書ボランティアに参加しています。ボランティアでは日々の活動の他に、絵本に造詣の深い講師を招いた研修会が定期的に開催されていて、「子どものもの」と思っていた絵本が、実は大人が本気でつくっているのだと知り、絵本がもっと好きになりました。

図書ボランティア
学校司書のアシスタントとして、「読書環境の整備」と「読書活動の実践」を主に活動する。具体的には配架や貸出・返却業務など図書館サービスの支援、学校図書館の書架見出し、飾りつけ、図書の修繕、読み聞かせ、テーマに沿った書籍の紹介などが主な活動。年に数回の研修会を開催し、知識の向上にも取り組む。2019年度までに全国の小学校で78.7%、中学校で27.9%、高校で2.5%がボランティアと連携し学校図書館を運営する。

-絵本専門士という資格はいつ知りましたか?

藤村さん:2013年に宮古市から盛岡市に戻って、子どもの転校先の小学校で図書ボランティアを続けていました。その活動の中で、絵本専門士という資格を知りました。

-どうして取得しようと思いましたか?

藤村さん:震災の経験から、学校に限定せず、さまざまな場所で大人に向けて絵本の魅力を伝えたいと思っていました。資格の創設に柳田邦男さんという、ご次男が自死した喪失感を絵本によって癒やされた経験を持つ作家さんの声掛けもあったと知り、自分がやりたいことに近い資格だと思って応募しました。

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「3びきのかわいいオオカミ」は「3びきのこぶた」をモチーフに
オオカミとブタの立場を逆転したストーリー。
その他にも、俯瞰で見た「ももたろう」などもあり
「視点を変える面白さ」も角度はさまざまにあることがわかる。

絵本専門士
子どもの読書活動を充実させるための絵本や子どもの発達に関する専門的知識を有し、おはなし会やワークショップの運営ができる実践力のある指導者であることを証明する資格。資格を取得するためには養成講座を受ける必要がある。現在、講座の定員は年間72名。参加希望者数は毎回15倍以上に達する。応募資格は司書や保育士など子供や絵本に関する資格を持つ方や、書店員のような絵本に関わる実務経験、または読み聞かせやワークショップなどの活動経験が3年以上ある方など。
https://www.niye.go.jp/services/plan/ehon/

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紹介された絵本を丹念に眺める。藤村さんも参加者とともに学ぶ。

-絵本専門士になってからの活動を教えてください。

藤村さん:5期生として絵本専門士になった2019年から、盛岡市役所農林課がフェザンで開催した「もりおかグリーンマルシェ」で読み聞かせを行ったり、岩手で頑張る女性を応援するWEBサイト「WOMAN GARDEN」でエッセイを連載したり、お声掛けをいただいています。2021年5月からは絵本講座「絵本探検部『えとことば』」という活動も自主的に始めました。

-絵本講座「絵本探検部『えとことば』」とは、どんな活動ですか?

藤村さん:毎月2回、いわて県民情報交流センターアイーナで開催しています。私が進行役になり、皆さんと絵本についての意見や考えを交換し、気付きを共有する会です。第3土曜日はテーマに沿って自由に話す「絵本放談」。第4水曜日はアメリカで最も権威のある絵本の賞コールデコット賞の受賞作を1、2作取り上げ、深く掘っていきます。

-「絵本放談」のテーマはどんなものがありましたか?

藤村さん:「耳を澄まして読む絵本」「薬味絵本」などありますが、11月は「イヌ、ネコ(&その他)」がテーマでした。動物の絵本には、生態を解説したもの、人間との生活を描いたもの、擬人化したものがあります。中でも、擬人化は重要な要素です。5~7歳ごろが特にアニミズム的な考えを持つといわれています。動物や植物、物質にも人間と同じような感情や魂があると考えて、親しみや関心を持つ時期。この思考に添った擬人化は、感受性や共感力を豊かにするので、絵本を含めた読書が「人生をより味わい深くする」といわれる一因になっています。

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「図書館ではイヌの絵本より、ネコの絵本が多かった」と参加者の方。
ネコ好きを公言する作家の方が多いからでは、など感想が寄せられた。

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本文を確認しながら、気付きや意見を共有する。

-子どもにとって絵本とは何でしょうか?

藤村さん:生き生きとした物語の世界であり、両親や祖父母、幼稚園の先生など大人とのコミュニケーション・ツールでもあります。

-「生き生きとした物語の世界」とは、どのようなものでしょうか?

藤村さん:子どもは絵本の言葉を耳で聞いて、絵を目で読みます。聞いた世界と見た世界が一つになったとき、絵本の絵が動き出し、生き生きとした物語の世界が子どもの中に生まれる。こうした世界を楽しめるのは、絵本を読んでもらえる子どもの特権です。

-「大人とのコミュニケーション・ツール」について教えてください。

藤村さん:ひざの上に座らせてもらったり、息遣いが聞こえるほど近付いたりできる機会を提供してくれるのが絵本でもあります。読んでもらった場所や状況、読んでくれた大人の声や表情などが、確かに愛された温かい記憶として心に刻まれる。震災直後のお母さんたちも、絵本を通して、子どもに戻り、昔の記憶に触れていたのだと思います。時間が経っても、離れていても、失ってしまっても、絵本は「温かい記憶」を思い出す媒体となって、安らぎを与えてくれます。

-大人にとっての絵本とは?

藤村さん:絵本は絵も文章も物語も、決して「子どもだまし」ではありません。絵で物語り、文章は余分を削ぎ落した簡素なものにすることで、行間に余白があり読み手の経験をのせることができます。塗り絵のように自由に色付けできるのです。経験は人それぞれ違いますし、年齢によっても変化します。以前は理解できなかった登場人物の心情が読み取れるようになるなど、読むたびに新しい発見があるのはそのためです。絵本から読み取った意味の深さは、自分自身の人間性の深さに比例します。絵本で得る気付きは、自分自身の成長への気付きです。自分を褒めるきっかけを、絵本は与えてくれます。

-今後の活動についてお聞かせください。

藤村さん:妊婦さんや、幼い子を持つお母さんに向けたおはなし会の開催も検討しています。体にも心にも負担の大きい時期にリラックスして過ごせる物語の時間や、絵本の魅力に再会できる空間を提供したい。それに、大人が絵本を好きになれば、子どももゲームより絵本に興味を持つのではないかと思います。未来の大人たちに「成長の気付き」や「温かい記憶」としての絵本体験の鍵を託してあげたい。絵本は子どもにとっても大人にとっても、大切な宝物を与えてくれます。

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藤村ゆきこ(ふじむら ゆきこ)
絵本専門士
1972年、岩手県雫石町生まれ。
2019年、絵本専門士取得。
絵本専門士として出前講座・読み聞かせなどで活動中。KOTOSE音読教室にて「声トレ教室」「検定対策講座」「朗読クラス深読み会」の講師も行う。
2021年5月より、絵本探検部「えとことば」を毎月2回開催。
Blog:
https://ameblo.jp/etokotoba-fujimurayukiko/
Facebook:
https://www.facebook.com/yukiko.chisato

編集後記
「絵本放談」を見学させていただき、読み聞かせの面白さに驚きました。文中にもありますが、言葉は音として耳で理解し、目は絵を読み解くことに集中する。聴覚と視覚という五感の中でも情報収集に大きな役割を持つ感覚をフルに使用して物語を堪能することは、大人になるとなかなか味わうことのできない経験です。次のページはどうなるんだろう、物語の最後はどうなるんだろうと、子どもみたいに身を乗り出して聞いてしまいました。
                        取材・撮影/前澤梨奈

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