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怪談を愉しむ視点が持つ寛容性。語り手であり、聞き手でもある怪談師の役割。

「怪談師」とは怪談を話す人。2020年11月に地域おこし協力隊として、首都圏から岩手県遠野市に移住した小田切大輝さんは、市の広報を務めるかたわら、2022年2月から怪談師としての活動を始め、同年8月に「遠野おばけ会」を結成しました。新型コロナウイルス感染症が5類に移行したことを受け、2023年から怪談イベントを開催。「怪談師」という立場から遠野の地域おこしを考える小田切さんにお話をうかがいました。

小田切大輝さん。遠野市役所を背景に。
2023年7月8日に遠野ふるさと村で開催した「遠野曲がり屋怪談」。
ゲストと怪談を語り合う小田切さん。

「採話」と「語り直し」で話を育てる

「創作」と「実話」。怪談のジャンルは大きく2つに分かれます。小田切さんの話す怪談は「実話」。
「実話怪談」とは、科学的には説明できない不思議な現象を実際に体験した本人に取材し、語るために再構成したもの。実体験であるため、ヤマもオチもない話が多く、創作に比べて刺激は弱いですが、現場の伝承や事件を追加取材し、情報を加えることで話の厚みが増していくところが魅力です。
こうした特性から、実話怪談師の主な活動は「採話」と「語り直し」といえます。
「採話」の方法はさまざま。馴染みの居酒屋でたまたま隣に座った人から話を聞いたり、知り合いから紹介された体験者を取材することもありますが、小田切さんはイベントに「怪談売買所」として出店し、1話100円で怪談を取り引きすることもあるといいます。聞き手が話し手に支払うシステムで、小田切さんが話し手のときはお客さまが100円を支払い、お客さまが話し手のときには小田切さんが100円を支払います。
現在までに採話した怪談は、短いものから長いものまで280話ほど。集めた怪談は「語り直し」のために再構成します。
活動を始めて2か月後、遠野市で行われたイベント「本当にはじめての遠野物語」が初ステージ。『遠野物語』から数編の朗読と、遠野で聞いた雛人形にまつわる怪談を披露しました。
2022年に引き続き、2023年も怪談の賞レース「怪談最恐戦」に参加。全国から集まった怪談師108人と怪談の内容や話術を競い、予選勝ち抜いて、36人で行われる本戦への出場権を獲得しました。
その他にも、規模の大きさに関わらず、今夏は毎週のように怪談会に出演。遠野市から岩手県、東京都、大阪府と活動の範囲は広がっています。

怪談売買所
1話100円で怪談を売り買いする店。怪談作家でNPO法人宇津呂怪談事務所代表の宇津呂鹿太郎(うつろしかたろう)さんが兵庫県尼崎市の商店街「三和市場」で10年前から毎月2回開催している。小田切さんは許可を得て、同システムを使用。
ライツ社より宇津呂鹿太郎著「怪談売買所〜あなたの怖い体験、百円で買い取ります〜」が発売されている。
本当にはじめての遠野物語
2016年に岩手県遠野市に移住した富川岳 (とみかわがく)さんが開催したイベント。同名の著書「本当にはじめての遠野物語」を、かつて10ページで挫折した富川さんが、くじけず、楽しく、深く、明快に「遠野物語」を学べる一冊として上梓した。

「怪談を語る」「伝統芸能を披露する」表に立つ経験

物心付いたときから不思議な話が好きで、幼稚園の頃は、寝物語りに「雪女」や「そば清」を読んでもらっていました。「聞いた後はしばらく眠れなかった」と笑います。
小学生になると学校の図書室で怪談を読むようになり、友だちに怪談好きと認められます。遊びの一つとして、覚えた怪談を友だち数人と披露し合ったり、修学旅行や林間学校の夜は「怖い話をして」と頼まれて、話したりしました。
読むことと話すことの違いには、この頃から意識的でした。
本では中間にあったけど、この部分はクライマックスに持ってこよう。言葉に詰まると怖さが半減するから、オチはすらすらと語ろう。友だちの語りを聞いたり、自分の語りに対する友だちの反応を見たりして学びました。
中学校、高校、大学へ進んでも、怪談への興味は変わらず、同級生やバイト仲間に頼まれると、本やネットなどで読んだ怪談を披露していました。
大学に入学すると、日本各地の民謡や民舞、お囃子などを習得する伝統芸能サークルに参加。器楽の中でも太鼓を担当し、定期公演や招待されたイベントなど、数多くの舞台で演奏を披露してきました。
これらの経験からか、怪談師として人前に出て話すことに特に抵抗はなかったといいます。

コロナ禍をきっかけに考えた今後の人生

サークル活動として、さまざまな会場で演奏しましたが、中でも印象的だったのは、東日本大震災の被災者である福島県浪江町民の前で披露したとき。富山県の越中おわら節や石川県の御陣乗太鼓ごじんじょだいこなど土地とは関係のない演目でしたが、大変喜ばれ、伝統芸能の持つ力を実感します。
もともとは外交官やマスコミの海外特派員など海外で仕事をしたいと考え、就職の強みとして始めた伝統芸能でしたが、その道に進むことを決意。
大学卒業後は独立行政法人日本芸術文化振興会に入職し、国立劇場や新国立劇場で歌舞伎や文楽からバレエにオペラまで幅広い舞台芸術の宣伝、マーケティングに6年間従事しました。
新型コロナウイルス感染症が流行する半年前に、まったく異なる部署である舞台製作部に異動。経験が浅いまま、コロナ対策のため自宅待機となり、台本を読み込みながら、ビデオを見て勉強をする日々を送ります。
雇用されていながら、何もできない自分の不甲斐なさを思い、これからの人生について考えました。

2023年8月6日に書肆みず盛りで開催した「日曜日の怪談会」。
観客に合わせて、その場で話を選ぶ小田切さん。
小学生向けに催した第一部は、子どもが体験した怪談がメイン。

怪談、妖怪という視点での「地域おこし」

相談していた友人に、遠野市で「地域おこし協力隊」を募集していることを教えられ、2020年に移住。大学在学中に奥深さを知ったビールと伝統芸能、そして怪談が、新たな拠点として遠野市を選んだ理由でした。
暮らしているだけで30話ほどの怪談が集まり、ちゃんと集めてみようと「怪談師」を名乗り始めたのが2022年2月。怪談師として「自分が面白いと思ったものを語り、その面白さを聞き手と共有したい」と小田切さんは話します。
同年8月には、岩手県内で怪談を披露していたフリーアナウンサー高橋麻己子さんの呼び掛けで「遠野おばけ会」を結成します。怪談や妖怪という視点から遠野市の「地域おこし」を行うことが目的で、メンバーは小田切さん、高橋さん、コスプレイヤーであるMUGENさんの3人。
活動の第1弾として2023年6月に市内にある内田書店でホラー作家黒木あるじさんを招いた「遠野書店怪談会」、7月には遠野ふるさと村で怪談研究家吉田悠軌さんを迎えて「遠野曲り家怪談」を開催しました。
将来的には、京都府の商店街で行われる「一条百鬼夜行」のような妖怪の仮装パレードを開催し、街の中心部に活気を生み出したいと考えています。

「遠野おばけ会」のメンバー。左から、小田切さん、高橋麻己子さん、MUGENさん。
怪談を聞いた後には、その背景を聞き、他の類似性のある話と比較する。
話を深く掘り、考察することも怪談の醍醐味。

非科学的な現象をありのまま受け入れる

全国で活動しつつ、遠野市の「街おこし」を念頭に置く小田切さん。依頼があれば、地元小学生のキャンプにも足を運びます。夜のレクリエーションで怪談を話すのです。「もっと怖い話して!」「やだやだ、聞きたくない!」。子どもたちの声に挟まれ、一夏の思い出に花を添えることは、語り手として怪談師の役割です。
一方で、聞き手としての役割も怪談師にはあります。
科学的に実証されないため、軽視され、心身の病気を疑われる人や「バカなことを言うな」と一蹴され、自分の体験を胸にしまい込み、心を閉じてしまう人もいます。
「言葉」とは霊力を宿し「言魂」とも呼ばれます。つまり「言葉」は、発した人の「魂」そのもの。そのため、自分の言葉を信用してもらえないと、自分自身の存在が否定されたように感じられます。
小田切さんに怪談を語った人の中にも「ずっと仲のよかった子がこの世の人ではなく、誰に話しても存在を信じてくれない。自分は変なんじゃないかと自己不信に陥っていたと話してくれた」人がいました。結局その人は「成長とともに霊的な存在が見えなくなり、悩みが解消した」といいます。
「怪談師にだからこそ、話してくれる話」を集める小田切さんは、相手の言葉を否定せず、熱心に耳を傾けます。
聞き手としての怪談師は、ときに常識と非常識の間で悩む人の苦しみを和らげ、非科学的という理由だけで見捨てられてしまう土地の物語や無意識の世界を拾い上げる役割も果たしているのです。
夏の夜にちょっと涼しくなるため、と思われがちな「怪談」の可能性を見据える怪談師・小田切大輝さんの活動は、これからも広がっていきます。

小田切 大輝(おだぎり だいき)
1990年、山梨県生まれ。
横浜国立大学卒業後、独立行政法人日本芸術文化振興会に入職。歌舞伎や文楽の宣伝、広報やバレエの営業、マーケティングを経験。
2020年、岩手県遠野市へ移住。
地域おこし協力隊としての任務のかたわらで、怪談師として活動する。
2023年6月現在、280話以上の怪談を収集している。


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