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こぼれたワインが知らせるいくつかの現実(3)

帰り支度をしながらパソコンの電源オフ操作を終え、マウスから手を離した私に、隣の席の梨花子が言った。

「ねえ、週末に我が家に来ない?ダンナを紹介するよ」

私の顔色がくもった理由は、PCモニタの明かりがちょうどプツンと消えたせいだけではない。

(いいよ、もうダイブ知ってるから。あなたのダンナ)

と、脳裏には浮かんだが…言える訳がない。

「いいね。じゃ、何か買って行くよ。ピーナツ最中が好きだったよね」

と、とっさに言ったら今度は梨花子の顔色もくもってしまった。

「ダンナがピーナツ最中を好きなの、わたし言ったっけ?」

いぶかしげに言う梨花子の言葉に、曖昧な笑顔で誤魔化すしか無かった。

この前もこんな事があった。
去年のクリスマスイブに、梨花子のダンナである「彼」と私は密会したのだけど、
梨花子が

「去年のクリスマスイブは、ウノを10年ぶりにやったのよ!」

と言うから

「え?1人で?」

と、つい言ってしまったのだ。

「え?…なんで1人だと思うの?」

と、びっくり顔の梨花子にこっちもびっくりしながら、

「冗談よ、1人でウノやる人はいないでしょ〜」

と苦しい誤魔化しをした、、、。

こんな失言が続いたら、いよいよバレるかなと心配していたが、そうでもない。

相変わらず梨花子は「自分は男に生まれたかった」という話を皮切りに、ダンナへの愚痴を並べていた。

この会社に来て数ヶ月が経っている。もう「彼」に対してのわだかまりも小さくなってきた。梨花子から聞く残念なダンナ様ぶりも、未練を切る一助であった。

結果的に、週末の晩ご飯の時間にお邪魔することになり、覚悟を決めて自宅マンションまでの地図を受け取った。
自宅は船橋駅から徒歩15分。なかなかの距離だ。

私は改めて「なんと言う事だろう…」と焦ってしまう。
「彼」との今までの思い出をなぞるように地図の道順を指でなぞりながら、それがかすかに震える。

しかし、頭の片隅にあるジグソーパズルの最後の1つのピースがこれで埋まるような予感に
少しだけワクワクしてしまうのも事実だった。

そう、この為に私はこんなバカげた事を始めたのだ。

土曜日。
あいにくの雨の週末、暗くなり始めた船橋駅を出て空をあおぐ。
冷たい雨が頬に落ちて首すじに流れていく。ピーナツ最中を片手に、私は歩き出した。

つづく
#小説 #恋愛

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