最近、パンを食べるのをやめました
近年、朝にはパンを食べている。主に食パンである。
僕は子供の頃から朝食を摂ったことが無くて(漢字は合っているのか?)、この文化を導入することに優雅を感じていた。
健康には、1日に食事を3回摂った方が良いとか、そうでも無いとか色々とあるが、そこを気にしているわけではない。3食用意されている家庭に、優雅さを感じていただけなので、完全に雰囲気である。
そういう雰囲気、イメージこそ、あらゆる齟齬の原因なのだろう。
ただ、その習慣が無かったせいか、一人暮らしを始めて朝食を摂ると、疲れてしまうことが多かった。
血糖値が急激に上がるということもそうだけど、元々何か食べると気が散りやすい人間なので、「これ、本当に良いことなのか?」と頭の片隅で感じてはいた。
健康と言われている行動を取り入れると、かえって不健康なのでは...と思うことがある。食べてしんどくなっていたら、明らかに不健康な気がする。
それでも、「ちゃんと食べる方が良い」という固定観念が、「食べなければならないのではないか」と脅してくるので、まるで追われているようだ。
こういうことを考えることが、歳を取るということなのだろう。子供の頃はそんなこと考えなくても動いていられたし、それは今だって同じかもしれない。
でも、人はまだ訪れてもいない未来のことを考えて、来るべき時に備えるようになる。これが備えなのか、ただの思い込みなのか、結果が出ない限りはわからない。
ただ、パンに関しては、単純に糖質が多すぎる気がする。
炭水化物を摂らなければならない、という意見はわかるが、パンには余計な油だったり、砂糖だったりがあらかじめ入っている。脂質が盛りだくさんである。
しかも、僕はパンをプレーンで食べるのが苦手だ。
ジャムとか、ハムを挟んだりとか、何かをプラスしないと食べられない。食べられないというよりも、食べるのが嫌だ。
そうすると、さらに糖分などがカサ増しされる。
明らかに過剰なのだが、人間というのは何事にも慣れてしまう生き物で、そんなことを繰り返しているうちに疑うことをやめてしまう。ここにも生活における重要な気づきがある。やはり、すべての答えは生活の中にあるなと思い知らされる。
昔の僕はもっと自分の感覚を信じていて、自分が良くないと感じたものは自分の感覚に従って捨ててきた。
そうすることが健康に繋がると言われても、自分の体感としてそうじゃなかったら、取り入れたりしなかった。
しかし、子供の頃からの自分の偏った生活を解消するために、より「普通」であることを取り入れようとした。そうして、過去の生活を脱却しようとするあまりに、「ちゃんとすること」に偏り過ぎたような気がする。
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つきのまどの【つれづれゴニョゴニョ】
最低でも、月の半分、つまり「2日に1回」更新します。これはこちらの問題ですが、それくらいのゆとりがあった方が、いろいろ良いかと。 内容とし…
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