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短編小説『夏のある日』

 こちらの小説は、3つのお題をもとに作成した小説です。
 (お題は自分で収集し、ランダムで選定しています。)
 使ったお題は最後に掲載しています。
 最初にお題を見るも良し、お題が何なのか考えながら読むのも良しです。


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 夏季休暇に入って数日がたった頃、たまに講義で一緒になる、いわゆる友人と呼べるやつから急な誘いがきた。
『肝試しに行くんだけど、来ない?』
 場所を聞いてみると、自分の母校である◯◯中学校らしい。そこは数年前に廃校になり、幽霊が出るともっぱら噂になっていた。
 俺は絶対に行きたくなかった。適当に言い訳をして断りの連絡を入れてみたが、相手は食い下がってくる。
『そこをなんとか、どうしても人数が足りなくて』
 他の人を誘えばいいだろう。
『お前以外のやつに全員断られて困ってるんだ。人集めるって言っちゃったし。ほんとに頼む』
 こっちの事情は無視か。
『頼む一生のお願い』
 こんなことに一生を捧げるなんて馬鹿らしい、とは言わないでおいた。
 友人のことが嫌いではない。ただ、どうしても行きたくない理由がこっちにはある。助けてやりた気持ちはあるが、やっぱり行きたくない。そのまま返事をせず、とりあえず少し寝かせてみることにした。

 強い日差しも流石にいくらか勢いを無くしてきた頃、俺はよく知らないヤツが運転する車に乗っていた。乗れる人数いっぱいに乗っている車内はぎゅうぎゅうである。クーラーの稼働音と音楽と話し声が混じり合っているし、キツい香りが何重にも重なって気持ち悪くもなってきた。
 この中で俺が知っているのは友人一人だけで、あとは初めて会った人ばかりだった。男性三人に女性三人。俺は数合わせで呼ばれただけだろう。別に仲良くなろうとも思っていないので、窓の方を向いて話す気がないという態度をとっておいた。俺以外に黙っている人はいなかったので、会話はちゃんと回っているようだ。やっぱり断ればよかった。
 車はかつて何度も見た道に差し掛かった。ここを通って学校に通っていたことを思い出す。
「まだ明るくない?」
「暑いかな」
「お化けって夕方でも出るの?」
「あともう少しで着くよ」
「ヤバい。ちょっと緊張してきた」
「マジで出たらどうする?」
 思い思いに話の種を巻いては伸びたり伸びなかったり、途中で切り取ったりしているうちに、母校の近くまで到着した。
 車は学校から少し離れた空き地に停めておいて、六人で揃って歩く。他には誰もいなかった。
 夕方とはいえ昼の暑さを引きずる気温に、全員が文句なりなんなりを言っている。俺はその集団から少し距離を置きながら歩いた。チラチラと友人がこちらを見てくるのが少し癪だった。
 校門はもちろん閉まっているので、学校の周りを囲っているフェンスを乗り越えるかどうか話し合っている。そこで友人が弾む声で先導する。きっと、生垣の間から入ろうとでも考えているのだろう。それを冷めた目で
 校舎はそれほど古びておらず、ただ学校が休みというだけの状態に見えた。廃校の理由は生徒の減少で、他の学校と統合された。少子化の影響だろう。廃校と聞いてショックを受けたわけではないが、それなりに寂しさはあった。
 そしてここには、颯太との思い出がある。
 こうして見ている分には、廃墟のような独特の暗くおどろおどろしい雰囲気が出ていない。そのせいで、メンバーからは不満の声が上がっている。だったら夜にでも出直してこい。
 いつの間にかミンミンゼミからひぐらしの声に変わっている。次第に空は橙色になり、校舎の壁を染め、中が丸見えの薄暗い構内は独特の雰囲気を持ち始めた。
「とりあえず回ってみる?」
 運転手の提案で、校舎の周りを歩くことにしたようだ。一体何が楽しいんだか。早く帰ればいいのに、ここまできた労力分は何かをしないと気が済まないらしい。
「どこに出るって話だっけ?」
「知らない。出るってしか聞いてないよ」
 するとここで、一塊になっていたグループが散り始めて思い思いに相方を見つけている。自分はしっかりあぶれたのでこれはチャンスだと、静かにグループから離れた。
 校舎の裏に回ると、ちょうど日陰になっていて温度が上がらなかったのかいくらか涼しかった。ここも昔と全然変わらないように見えたので、自分がタイムスリップしたような気持ちになる。
 校舎と体育館を結ぶ渡り廊下には、ずっと置かれていたのか、黒く変色したスノコが置いてある。体育館の近くで、颯太と昼飯を食べていたことを思い出す。二人で並んで座って、話すわけでもなく黙って空を見たりしていた。話すことがなかったのではなく、話さなくても十分に伝わっていた。
 風が吹き、生ぬるさと土の香りを運んでくる。大きな雲がぐるぐると形を変えていた。
 風が落ち着き、空から視線を落とすと、数メートル先に颯太が立っていた。明るい表情で軽く手を上げて、つい昨日会ったばかりのようだ。
「驚かすなよ」
「ぼんやりしてるからだよ」
 颯太は目を細めて笑った。颯太は薄い青色の長袖シャツに、黒のスラックスをはいていた。この陽気ならそんな格好は暑いだろう。
「ここで君、焼きそばパンばっかり食べてたね」
「そうだっけ」
「うん。飽きないのって聞いたら、これが一番うまいって言ってた」
「よく覚えてるな」
「そりゃ覚えてるよ」
「へえ」
 颯太は顔に穏やかさと、口元に笑みを含んでいた。俺は額からにじんできた汗を拭う。
「また会えるなんて思ってなかったから嬉しいよ」
「……うん」
 俺は、会いたくなかった。
「元気にしてる?」
「まあな」
「良かった。安心したよ。今の君、ちっとも楽しそうじゃないから。どうしここに?」
「数合わせで連れてこられたんだ。本当は来たくなかった」
 言い終わってから口にぐっと力を入れて閉じる。颯太は変わらず穏やかな表情のまま立っていた。
「僕に会いたくなかった?」
「そうじゃないんだ。俺はただ……」
 お前がここにいるかもしれないと思ったから、だから来たくなかった。会ったらきっと……。
「覚えてる? 僕がノートに先生の似顔絵を書いたまま提出しちゃって、授業の半分以上の時間使って怒られたこと」
「忘れるわけないだろ。あんなに笑ったことなんてなかったからな」
「消すの忘れてたんだよね。うっかりだったなぁ」
「先生、最後に『それはさておき結構上手いな』なんて言うから、みんな堪えきれなくなったな。厳しい先生だったけど、いい先生だった」
「うん。先生、元気かな? 僕の落書きを褒めてくれた唯一の人だからね」
「今となってはいい思い出だな」
「そうだね」
 話しているうちに俺もすっかり昔の調子を取り戻した。颯太は颯太で何も変わりなかった。死んでいる以外は。
「そんな顔しないでよ。僕が死んで、悲しい?」
「当たり前だろ」
 颯太は静かに「ありがとう」と言ってから、声を明るくした。
「えっとね、死んでみて分かることもたくさんあるんだよ」
「……例えば?」
「夏って、暑さを感じないとこんなに快適なんだとか、人の前で変な踊りしても全然バレないとかさ」
 俺は思わず笑ってしまった。本当に何も変わっていない。颯太は笑った俺を見るとさらに笑顔を深めた。
「ここ、心霊スポットになってるみたいだね。もしかして僕のせい? だって、そういう人たちってさ、幽霊が出てほしいから来るんじゃないの? だからご期待に添えられるようにちょっとイタズラしてみたんだよね。それが悪かったのかな」
「やっぱりお前だったのか」
「やっぱりって何さ、僕を悪者みたいに言わないでよ」
 死んでいる颯太よりも自分の方が暗く、湿っぽいような気がした。
「死んだとしてもこうして君と話せるんだったら、僕はあんなに死ぬのを怖がらなくてよかったのかも」
「誰だって、死ぬのは怖いだろ」
「そっかあ。みんな同じなんだって思ったら気が楽だよ」
「俺はそうは思わない」
「君はもうちょっと楽に生きた方がいいんじゃない?」
「余計なお世話だ」
 ぬるい風が吹くと、自分の髪と服が揺れるのを肌で感じる。だがその風は颯太を捉えることなく通り抜けていくのだろう。
「お前とさ……酒飲んで、しょうもない愚痴とか言い合って、じいちゃんになっても、ずっと、友達で……」
 喉がぐっと狭くなり、言葉が詰まった。すると、遠くから俺を呼ぶ声が聞こえてくる。
「まさか、お前が死ぬなんて」
 颯太はやはり笑っている。
「本当に人生って、何が起きるか分からないね」
 笑っている颯太を見るのがとても辛かった。悲しさや後悔などをにじませずに、生きていた頃と全く変わらない笑顔だ。どうしてそんなに、笑っていられるのだろう。
「ねえ、たまにでいいから、お墓参りに来てね」
「もちろん行くさ」
「本当? 僕が好きだったオレンジジュース、置いてね」
「ああ」
「ありがとう。それじゃあ、今日っきりでここにいるのはやめるよ」
「そうか……」
 視界に入る空は、いつの間にか暗く重たい色をした雲が広がっていた。
「君に会えて嬉しかったよ」
「俺も」
 遠くで風が唸り、颯太から視線を少しだけ外した。
「やっぱり、もっと──」
 初めて聞く颯太の悲しそうな声に、はっとして視線を戻した。だが颯太はその先を言い終えないまま、風に攫われたかのように忽然と消えいた。颯太の悲しそうな顔などこれまで一度も見たことがなかったから、颯太がどんな顔をしていたのか想像することすらできなかった。
 もう誰もいない場所を呆然と見ていると、大きな雨粒が頭に一粒落ちて弾けた。すると後を追うように次々と雨粒が降ってきて、バチバチと音が重なる。
「どこいったー! 帰るぞー!」
 それがきっかけで、弾かれるように声が聞こえる方に走った。

 心霊スポットとして有名だった母校は、実際は何も出ないという事実がたちまち広がった。そして学校は解体され、今は更地になっている。
 颯太の姿はあれっきり見ていない。毎年彼の命日には墓参りに行って、当たり前のように静かな墓前にオレンジジュースの缶を供えるだけだ。自分のできることといったら、ただそれだけだった。
 思い返してみればあのとき、もっとかけるべき言葉があったんじゃないかと考えてしまう。自分の思い出の中の颯太は笑っているが、最近自分が想像する彼は笑いながら、悲しそうな声でこう言う。
「やっぱり、もっと生きたかった」










お題 「思い出」「肝試し」「楽天家」

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