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『コマンド』 (八代七歩 、跳ねる韻律 2024)レビュー

→→○(強攻撃)、コマンドを表す文字列はこうも感傷的に見えるのか。しみじみと何度も読んでしまう。このテクストは繰り返し性の上に立っている。コマンドを表す記号の柱の上に。醸されるループ感の生み出すリズムのヴァース性はほろ苦く、心地よい。

コマンド―――コンピュータに特定の機能の実行を指示する命令、ゲームでいうと、コントローラーを介したキャラクターへの入力、は『→○』といった文字列に落とし込まれることで、誰にでも、繰り返し行うことが可能であることを強く暗示する。ポータビリティ、とでも呼べばいいだろうか。

簡単な入力ほど繰り返しの意味合いは強くなり、複雑であるほど入力ミスの可能性を含意する。→○(攻撃)、→→○(強攻撃)、それぞれのコマンドを表す文字列で始まる最初の四節は繰り返される無常の景を立ち上げる。黙々と、淡々と繰り返される、まさに「しんだようなぬるさだけがある」光景だ。

五節目以降、コマンドの複雑さにあわせて物語は展開する。コマンドは語り手の現在と過去をつなぐ媒介となり、幻のコマンドが希求される。「誰も知らない幻のコマンド」は自己矛盾をはらむ言葉だ。定義された命令セットの外側への意志。定義域の外へ決してたどり着けないことを了解しながらも、それでもなお、ポータビリティから抜け出したいと思うのだ。星を救い、光を守った魔法の時代を振り返りながら。

コントローラーの故障と共に試みは潰えてしまう。それでもなお、狂っているのは魂の方だと宣言が行われるカタルシスにノベル性を見出すことができるだろう。しゃがみ(✗)物語は終わる。

『コマンド』は、文脈を変えることで、コマンド文字列を叙情とビートの源とする遊び心がたまらない一作だ。夜通しゲームをやったことがあるひとなら誰でも、繰返し性の持つほろ苦い心地よさを深く感じられるだろう。『コマンド』はヴァースとノベルをまたぎ、狭苦しいテクストの外側の世界へ開かれている。

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