公共物への意識の低さが生んだ博物館火災
ブラジル発で世界が注目するニュースが明るい話題であったことは最近はほとんどありませんでしたが、また1つ、ブラジル人を憤慨させ、落胆させ、悲嘆に暮れさせる事件が起きてしまいました。
リオデジャネイロ市内にある国立博物館の全焼です。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO34900400T00C18A9000000/
この建物は1818年6月に完成し、今年はちょうど200年目に当たる年でした。
ナポレオンの侵攻に追われ、ポルトガルが首都をリオデジャネイロに移していた当時、王位についていたジョアン6世がブラジルでの科学研究の振興のためにと設立した、ブラジルで最古の研究機関の1つです。
この記事を書く時点で、2,000万点にのぼるとも言われる所蔵品の9割が焼失したという報道が、現地では流れています。
その目玉の1つ、アメリカ大陸で発見された世界最古の人類「ルイーザ」の化石も、まだ発見されていないとそうです。
防火設備は何もなし
消火栓に水が通っておらず、博物館の周りにある園内の池から水をくみ上げて消火活動に当たらなければならなかったことで消防隊の初動が遅れたのはもとより、建物内には防火扉もスプリンクラーも設置されておらず、火災報知機も機能しませんでした。
そして建物はおろか、所蔵品にも火災保険が掛けられていなかったということです。
火災現場で原形を留めて発見されたのは、国内で発見され所蔵されていた隕石のみ。それ以外、退避させられなかった所蔵品のほとんど文字通り、灰と化しました。
管理者の政府は一体何をしているのだ、という話になりますが、2016年のリオ五輪直後に前大統領の弾劾により誕生した現政権は、残る年末までの任期を静かに終えるべく、ほぼ死に体状態にあります。
2019年1月1日に就任する新大統領を決める、来月10月の選挙を控える中でのこの衝撃的な事件は、経済・雇用・教育・医療・財政再建・治安回復・インフラ整備など課題が山積するブラジルにあって、これまで手が回っていたとはとても言えない学術振興・文化面に市民の目を一気に向けることになりました。
大統領候補も、これを受けて何らかの対応を迫られることになります。政敵批判と、演説での耳触りのよい言葉だけで終わらないことを望むばかりです。
問題は思ったよりも深いもの
政府の財政難で、設備の更新が行われてこなかったのも事実です。2013年からは、国立博物館向けの予算が3分の1カットされてきたと言います。
ここで「リオ五輪のせいで予算が削減された」と言えば非常に分かりやすい構図にはなります。
しかし、政府の財政難は経済危機による税収減や社会保障支出増によるところが大きく、火の車の中でイベントを行なった点では批判の余地はあるのでしょうが、リオ五輪だけが直接の原因だったとは言い切れないことには注意すべきです。
縦割り行政も、適切な投資が行われてこなかった原因であった可能性があります。
この博物館はリオデジャネイロ連邦大学の管理下に置かれており、大学を管轄するのは教育省です。一方で、連邦政府が管理する他の博物館は文化省の管轄下にあります。その中で予算配分が適切に行われてきたのかという疑問も呈されています。
政党数が多いブラジルでは、与党政党の間で省庁の大臣の椅子が取引されるのが常です。大臣の席数に大臣級のポストを加えると29もあり、これが35の政党のうち与党に加わる政党の間で分配される、というものです。
大臣の座を得れば当然、その省の予算配分には政党の意向が反映されますから、問題が起きたとしたらそれを管轄する省庁を牛耳る政党が悪かった、という批判に走りがちです。今は選挙前だからなおさらです。
本当にそれでいいのか、という話ですが。
復旧は、考え方を改める機会に
実は、ブラジル国内の文化財や博物館がこのような扱いになっているのは、何もこの国立博物館に限りません。
サンパウロ市内にある「ポルトガル語博物館」は、2015年に火災で焼失し再建中。出火の原因は館内のコンセントのショートだったと言われています。また、ブラジルの独立が事実上宣言されたというサンパウロ市郊外のイピランガの丘にある博物館は、2013年から改修工事を理由に閉館したまま、開館の目途が立っていません。原因は、建物の構造に想定以上の老朽化が見られたため、とされています。
コロニアル様式の美しい街並みを楽しみにブラジル国内を旅行してみても、良好な状態で保存されている建物の少なさにがっかりすることが多くあります。
この国に生活して13年間、ずっと感じていることの1つに、公共物の価値がどうも低く見積もられる点があります。身近なところだと、道端にゴミがたくさん落ちているのも、この問題の根っこに通じるところを感じます。
残念なことですが、こればかりは教育で変えていくしかありません。そしてそれが問題の根幹にあると気付いているブラジル人が多いのも事実です。
今回事故のあった博物館については、資料が残るものは3Dプリンターでなんとか復元するなどの博物館関係者の意地の発言も出ています。
しかし政府任せの運営にも限界があり、空港や道路などインフラ分野だけでなく、ここでも民間の資金やノウハウを取り入れる必要があるとの議論が起こる可能性があります。実際に、国内大手企業はCSRの一環として自ら博物館を運営しており、質の高い展示を行なっています。
来る9月7日(金)は、ブラジルの独立記念日で祝日です。
建国196年と、国としての歴史がこの国立博物館よりも短いブラジルのアイデンティティーをどうやって保っていくのか。それを考えるのにはいい機会なのですが、そのきっかけがあまりにも悲しい事件になってしまいました。