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計画 停電の夜 道をゆく
東日本大震災が起こった年のある夜、私が住んでいた地元をはじめとした地域はその日「計画停電」を実施することが決まっていた。
その影響もあって仕事帰りに乗っていた電車の行き先は、いつも降りている駅よりも一つ手前にある場所の名前を示している。
そこから先は、電車以外の交通手段を頼らざるを得ない状況に陥ってしまっていた。
一先ず着いたらどの手段で行こうかという考えすらまとまらないまま、終点と繰り返しアナウンスしているその駅で降りた。
ホームを抜け改札口を通ってロータリーに出ると、それぞれの乗り場で停まっている路線バスの辺りには、当然ながら長蛇の列ができていた。
各々のバス自体も、これ以上乗ったらはち切れてしまうと言わんばかりに、満員御礼となってしまっている。
そこで硬直状態のまま突っ立っていた私の思考からは、バスを利用するという手段が無惨にも消え去ってしまっていた。
他にタクシーに乗る手段も少々考えていたが、あちらの乗り場も地味に人の列が連なっている。もはや完全に「詰み」という状態に嵌ってしまったのであった。
結局私はそこより一つ先の、いつもの降りる駅まで徒歩で行くことにした。数キロ離れた場所とはいえ、歩けば最低でも一時間以上はかかる位置にある。
その道中で定刻通りにいけば、まるでスイッチを「OFF」に切り替えた途端に常闇が待ち構えていることだろう。
それでもここで待つよりも先に進むしかないと思い、独り駅を後にしたのだった。
案の定数十分要してある程度離れたところで、真面目に稼働し続けていた信号機や外灯たちが一斉に光を失った。予定通り「計画停電」が始まったのだ。
何もかも寝静まっているどころか、息をしていない雰囲気が漂っている。まさに予想した通り、一瞬にして暗闇が街中を包み込んだのであった。
光がなくなると世界はこんなにも不気味に見えてきてしまうのかと、私は思わず足を止めてしまった。急にそれぞれの灯りが消えたこともあって、自分の視界がそれに慣れるまでしばらく一歩も動けないでいた。
ここでもし頼りたいものがあるとしたら、ところどころで通りかかる車が照らしているヘッドライトか、もしくは仄暗い夜空から微かに光る小さな星を目指していくしかない。
そうこうしているうちに視界が慣れてくると、おぼつかないまま再び歩き始めた。
今、私は一人で歩いている。ほとんど真っ暗な世界の中、通りかかった車に接触してしまわないように、狭くて細い歩道をたどっている。
昔から誰もが、一人では生きていけないとよく口にしていたものだが、こうして上を向きながら歩いていると、なんだか空の向こうで星が語りかけているような気がしていた。
「ひとりでちゃんと歩けているじゃないか、自分」
一方からすれば人とは異なり、だいぶ外れた道をたどっているように見えているのかもしれないし、かなり滑稽な姿だと嘲笑われているかもしれない。
でもこの時だけは、それらの余計な情なんてどうでもいいと思っていた。今こうして歩いていることが、自分にとって全てであるのだからと。
そんな剥き出しの心とは裏腹に、隣に面している車道では一台、また一台と車が通り過ぎていく。
彼らの前ではたった一人の誰かさんみたいに、ノスタルジックな気持ちに浸っている場合ではきっとないのだろう。
それより一刻も早く、家に帰りたい感情が勝っているかもしれない。それは自分も同じだとそう思った瞬間、早く着かなければと足早に目的の駅へと急ぎ出した。
そして次にまた暗闇に遭遇して途方に暮れてしまいそうになる前に、いつも自分を導いてくれる何かを探さなくちゃと、停電の夜の中をさらに一台通り過ぎていく車を追いかけながらそう思うのだった。
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