悲劇的結末はまだ訪れない
今年の春ごろの話だ。
久しぶりに再会した高校から付き合いのある同級生と、居酒屋で一杯呑み交わした後、私は徒歩で一人最寄りの駅に向かっていた。深夜12時をまわっているもあって人はおろか、通りゆく車もほとんどいない。
空はすでに闇に覆われ、街灯の灯りは降り続く雨と相まって、そこから見える景色になんともいえない不気味さを醸し出している。
道中で水たまりに足を突っ込まないようにふらつきながらも、ようやく駅に着いた。その瞬間、乗るはずだった最終電車が私の目の前を通り過ぎた。そして今ここで、生まれて初めて野宿することが突如決定してしまったのだ。
駅周辺を散策したが、ホテルどころかコンビニすらない。それ以外で休憩できる場所があるとしたら、入口付近にあったベンチくらいだ。
最終的にタクシーで帰るという手段も考えたが、今いる場所から家までは相当離れている。
そのうえ深夜料金が適用されている時間帯だ。そこまでして支払うほどの余裕は持ち合わせていない。
しかも郊外の駅であって、停留所にタクシーが停まっている姿は一台もなかった。
さすがにこの場所でこの時間でこの天候で、お客さんが来るのを待つタクシーはいないだろう。
そう途方に暮れているうちに雨は激しさを増していき、私が移動しようとするのに必要な気力を失わせた。
仕方なく始発電車がくるまで、私は駅の入口近くにあるベンチに横たわり、眠りにつくことにした。しかしなかなか寝付けられない。
体内に残ったアルコールが頭に激しい痛みを引き起こし、周囲の音をかき消すほどに激しく降り続ける雨が、季節外れの寒さを身体中に伝っている。
まるで私に「ここで寝るな!ここで寝たら死んでしまうぞ!」と誰かが暗示しているかのように。
たしかにこんなある意味で弱りきった状態なら、うっかり三途の川を渡ってしまいそうだ。
そしてこのご時世、いつ不審者に襲われてもおかしくないし、下手すれば命を落とされるかもしれない。だがそれも悪くはないと、私の頭を過った。
振り返れば、これまで私が歩んできた人生に誇れるものはない。今も、そしてこれからも、自らの天命が尽きるまで。
もし自分の最期が訪れるとしたら、誰かの手によって殺されるとか、病に侵され病床で誰かに看取られて逝くよりも、誰にも気づかれず独り終焉を迎えることを望みたい。
こんな夜更けに雨が降り頻る中、私の人生は実に愚かだったと悟りながら。
アラームが鳴った。
けたたましく鳴り響く音に目が覚め、慌ててスマホを取り出して止めた。画面に映し出された時刻は、早朝の時間を示していた。
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。が、もしかしたらこれは夢の中か、あるいは死後の世界かもしれない。
頬をつねることよりも先に体を起こすと、視界は寝落ちする前と同じ光景で、先ほどまで激しく降り続いていた雨はすっかり止んでいた。
入口を封鎖していたシャッターはすでに上がり、改札口の上にある電光掲示板は始発電車の時刻を表示している。
その後背負っていた鞄の中身を確認したが、貴重品等々が盗まれた形跡はなかった。しかし頭はまだ痛みが続き、さらに酷くなっている。
ようやくこれは夢の中ではなく死後の世界でも無いと確信した。
皮肉なことに、自分にとって望んだ美しい散り際は叶えられず、また一日生き長らえることになってしまった。
どうやら天は、まだこんな所で死んでいけないと私に語り告げているらしい。それか、どこかの誰かさんがこんな自分に死んでほしくないという願いが通じているのか。いや、それは考えすぎだろう。
ともあれ、私の人生におけるカタストロフはお預けだ。今の状況を安堵するべきかそれとも落胆するべきか、複雑な心境のまま電車に乗り込んだ。
やがて車両は太陽の登る方角へと進んでいく。窓の外から徐々に差し込む光に照らされ、私は未だ治まらない頭痛を抱えながら独り帰路につくのだった。