春を待たず水面に浮く花
そこから、誰かが春を呼んでいる気配がしていた。
昨日も今日も関東を中心とした地域は雪に見舞われ、各地で悲鳴を上げる声がニュースやSNSで散見されている。
私のいる地元では、今年に入って一位二位を争うかの如く寒さに震えたものの、幸い雨が降り続いていただけで新聞沙汰になるような光景は見受けられなかった。
それでも山間部へと繋がる高速道路やバイパスは通行止めとなっている。その影響もあって二車線以上ある国道などでは、行きも帰りもいつもより長い渋滞の列が連なっていた。
会社から10キロ以上離れた場所に住んでいる先輩たちも、自宅に到着するまでおよそ1、2時間かかってしまったらしい。
雪が降らなかったのをよしとするか、鮨詰め状態でまったく身動きが取れず時間がかかってしまったことをよしとしないか。
翌日…もとい今日になってそういった話をしている先輩の表情は、なんとも複雑そうな面持ちであった。
本日も生憎の天気で、太陽の光がまったく差し込んでこない空模様だ。
「今年は暖冬です」と取り上げられていた報道は、一体どこに消えてしまったのかと思わんばかりの冷たい空気に、身を締め付けられるような感覚に陥っていた。
立春を過ぎたとはいえ、暦の上ではまだ2月の真っ只中である。前年もその前の年もそうであったが、当分の間こうした寒さはまだまだ続くのだろう。
今日も今日とて仕事を終え、ポケットに両方の手を突っ込んだまま車に乗り込もうとした時、この時期に見慣れない光景に思わず目を光らせていた。
一枚の花びらが、ボンネットに張り付いているのを見かけたのである。
その瞬間、いろんな憶測が私の頭上で飛び交っていた。
まだ2月も一週間過ぎておらず、それも立春を過ぎたばかりで、桜の開花宣言なんて一つも報じられていない。
会社と家を行き来する際に走る道中でも、この時期に桜が咲いている箇所なんて一つもない。会社の周りにも桜らしき木は一本も生えてない。
そのうえ、朝に家から出発する時や着いた時は一枚もついていなかった。日中の風も穏やかで、頼りにして運ばれてくる様子も微塵に感じられない。
もし仮に誰かのいたずらだとするなら、誰が何のために自分の車に仕向けたのだろうか…。どう考えてみても昨日今日の悪天候が記憶に新しいだけに、どうにも辻褄が合わない。
いずれにしても、春の季節が訪れたと密かに喜ぶべきだろうか。
あるいは前述の通り、ただの悪戯だと憂うべきなのだろうか…。
何とも言えない複雑さが見え隠れしたまま、私はしばらくそこに突っ立っていた。
まるで水面に浮いている一輪の花のように…と形容するには大袈裟すぎる一枚の桜らしき花びらは、その後家に到着しても離れることなくボンネットに張り付いたままであった。
最後までお読みいただきありがとうございました。 またお会いできる日を楽しみにしています!