技術士(経営工学・情報工学)が教えるDX(デジタルトランスフォーメーション)講座34 デジタルトランスフォーメーションの実践―商品・サービスそのものをデジタルシフトする―
今回から狭義のデジタルトランスフォーメーションの実践に入っていきます。狭義のデジタルトランスフォーメーションは、「データやデジタルの活用でビジネスに変革を起こし、収益をもたらすと共に企業の強みや価値を創出すること。」と説明されることが多いようですが、 ここではより正確性を期すために、狭義のデジタルトランスフォーメーションの意味は、経済産業省「DX推進ガイドライン」における以下の定義に従うことにします。
「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。」
もう一つ、狭義のデジタルトランスフォーメーションに考える前に、ここまでみてきた「デジタイゼーション」、「デジタライゼーション」との関係についても再確認しておきたいと思います。
デジタイゼーションはアナログ情報をデジタルデータ化することでした。そして、デジタライゼーションは、デジタル技術を用いてビジネスを最適化させて付加価値を生み出すこと、つまり、仕事をシステム化することでした。
デジタイゼーションがDXの第一段階だとすれば、デジタライゼーションはDXの第二段階、そして狭義のデジタルトランスフォーメーションはDXの最終段階と言うことができます。
実は、狭義のデジタルトランスフォーメーションに近い概念として、「デジタルシフト」というものがあります。「デジタルシフト」とは「ITを活用して企業活動をデジタル化する」ことであり、これまでアナログで行っていたことをデジタルにシフトチェンジするという意味合いになります。
狭義のデジタルトランスフォーメーションが「ビジネスモデル」そのものを変えていくことを目指すのに対して、デジタルシフトでは商品やサービス、仕事のやり方を変えることによって、競争力を高めていくことを目的としています。
仕事のやり方をデジタルシフトすることは、「デジタイゼーション」、「デジタライゼーション」とほぼ同義であると言えるでしょう。
定義の話しばかりで申し訳ないのですが、「デジタルディスラプション」という言葉もあります。「デジタルディスラプション」は、新たなデジタル技術の登場によって、新しい商品・サービスが生まれて既存の商品・サービスの価値が低下し、市場が破壊される現象を意味します。
具体的には、Amazonの台頭による既存書店の衰退、Netflix等動画配信サービスによるレンタル業界の縮小などがあげられます。「デジタルディスラプション」は、デジタル化が劇的に成功したケースであり、その本質は商品やサービスの「デジタルシフト」であると言うことができます。
今回の最後に、商品やサービスの「デジタルシフト」によって「デジタルディスラプション」につながるかもしれないデジタル技術として、「IoT」、「モバイルアプリ」、「サブスク」、「3Dプリンタ」の四つをあげておきたいと思います。
IoT(Internet of Things)の事例としては、センサーによる車の自動運転や農業における水やりの自動化、食材の減り具合を検知する冷蔵庫、重量計にWi-Fi機能を持たせて在庫切れを教えるスマートマット、外から家電のオンオフができるIoT住宅など、例を挙げればきりがありません。IoTへの取り組みに出遅れた企業は「デジタルディスラプション」の敗者になりかねないでしょう。
モバイルアプリはあらゆる商品やサービスのカスタマーサービスとして提供可能なものです。スマホを持つことが当たり前になっている現代において、「モバイルアプリ」を提供することによって、情報サービスや修理・交換、オプション販売など顧客と直結できます。紙の使用説明書しか付かない製品では不便さが際立ってしまうことでしょう。
サブスク(サブスクリプション)は書籍や音楽配信、動画サービスにとどまらず、今では車やパソコンまで利用可能になりつつあります。常に顧客とつながっている関係をつくれることから、顧客の囲い込みや定着化が期待できます。サブスクを運用するためには、CRMによる顧客管理や、顧客専用サイトの提供などパーソナライゼーションが必要になります。
3Dプリンタはものづくりの世界を大きく変えてしまうほど大きなインパクトをもたらすものです。従来の金属加工などの製造技術とは全く異なるアディティブマニュファクチャリング(積層造形法)と呼ばれるスライスされた CADデータにもとづいて製造します。
すでに電気自動車をはじめとして、住宅すら3Dプリンタで製造する動きが出てきています。CADデータはデジタル送信できるので、どこででも製造することが可能になります。「モノの輸送」が「データ通信」に置き換わることによって、物流の危機も回避できるかもしれません。
DX推進のためには、ビジネスモデルの変革など容易ではないチャレンジが必要となる一方で、商品・サービスのデジタルシフトに遅れてしまうだけで、競争力を一気に失ってしまうリスクがあります。古いIT(レガシーシステム)の維持や保守にお金も手間をとられていては手遅れになってしまう恐れがあります。ここにも「2025年の崖」の暗い影が見え隠れしているのです。