【前編】スナックママとして、母として。人生のハンドルを握るための「起業」という選択。| ツカノマのはなし #2
「チャイと休息」をテーマとするツカノマチャイがお届けする連載、『ツカノマのはなし』。さまざまな領域で活躍する人のキャリアと休息について、お話を伺います。
第2回目のゲストは、スナック水中の坂根千里さんです。
スナックという”混沌”との出会い
岩井:坂根さんが学生時代、スナックと初めて出会った時のことを教えてください。
坂根:大学2年生の時に、国立市内で民泊を運営する活動をしていました。地元の協力者の方に連れられて来たのが『すなっく・せつこ』だったんです。
初めて来たときは、フィジカル的にもメンタル的にも、とにかく距離感の近さが衝撃的でした。
打ち合わせをするつもりで来ているのに、そんなことお構いなしで話に割り込まれたり、「何歌うの?」「これ一緒に歌おうよ!」と話しかけられる。
そのテリトリーにズカズカと入ってくる感じに、最初はすごくびっくりしましたし、戸惑いました。
岩井:当時の坂根さんにとって、かなり異質な場所だったんですね。
坂根:そうでしたね。なんだかんだで結局歌う羽目になって、「人前で歌うなんて...」と思いながらも歌ってみたんです。でも周りは、聞いてたり、聞いてなかったりで(笑)
「ああ別に、私の緊張やちょっとした挑戦って、誰もそこまで気にしてないんだな」と。でも同時にそれを「心地いいな」とポジティブに感じる自分もいました。
当時の私は、人を傷つけないように丁寧に、ある種怖がりながら人と関わっていた部分があったんですが、それを壊しにくるような真逆のコミュニケーションがそこにはあって。
歌ったり、色々な会話があったりする中で、その混沌の中にどんどん引き込まれていきました。
非生産的で、愛しい空間
岩井:初めて来たその日にせつこママさんから声をかけられて、働くことになったとか。
坂根:そうです。元々スナックという空間に興味はあって。自分がサークル活動で民泊の運営をしていたこともあり、「場の運営」に興味がありました。
加えて「なんか面白そう!」という好奇心のようなところもあったので、ママから「働かない?」と誘われた時、あまり怖がらずに「悪くないかも」と思って働き始めました。
岩井:スナックのママとして働き始めて、どのようなところに面白さや魅力を感じましたか?
坂根:週に1回の勤務ではあったのですが、やはり段々と顔馴染みが増えていくことは面白かったです。
あとは、こう言ってしまうとすごく殺伐とした人間かもしれませんが、当時は「非生産的な時間」を人と過ごすことがあまり得意ではなくて。多分「遊び」の余裕がなかったんですよね。
でもスナックには、生産的なものって何もなくて。それでもこうやって、毎週顔を合わせて、先週と同じ話をして笑って、飲んで、歌って...というのが、私にとっても「面白いな」「心地いいな」と感じる、愛しい時間になっていきました。
岩井:スナックという場が、坂根さんの一つのコミュニティになっていったのですね。
坂根:まさにそうです。来るたびに、どんどん自分にとってのコミュニティになっていく感覚でした。
憧れの”バリキャリ”か、スナックのママか
岩井:大学を卒業されるタイミングで、スナックを継ぐか、就職するかという2つの選択肢で悩まれたと伺っています。どういったところがスナックを継ぐという決断の決め手になったのでしょうか。
坂根:悩んでいたポイントは2つありました。
1つは、自分の生活がちゃんと回るのかというところ。そしてもう1つは、自分のキャリアが今後どうなっていくのか、というところです。
まず1つ目の生活については、1日にどのくらいのお客さんが入ったら、少なくとも私一人食べていけるぐらいの収入を得られるか、というところを試算してみました。
土地柄もあって固定費のハードルが低く、計算してみたら「意外といけるかも」と思ったのがひとつ。
岩井:なるほど。もう一つのキャリアに関しての部分はいかがでしょう?
坂根:元々大学に入った理由としても、「キャリアウーマンになりたい」という気持ちが大きくて。
スナックを継ぐということは、これから先の何十年、谷保のスナックでママをする未来を考えるということ。本当は誇らしげにそれを言えたらいいんですけど、それを許せない「バリキャリ」に憧れている自分もいました。
でも自分はやっぱり、店舗や事業を拡大することにすごく熱量を持っていて。
それができるかどうかは努力次第だったり、もちろん人に受け入れてもらえるか次第ではありますが、そういったことも全部含めて「起業」だろうなと。そう腹を括ることができて、スナックを継ぐという決断をしました。
あとは、事業承継した当時は副業もしていたんです。「もし無理だったら、そこから違うキャリアパスを築いていこう」と、安心材料を持っていたことも踏み切れた理由の1つかなと思います。
”強がり女子”を解放する場をつくりたい
岩井:スナック経営を選択した背景には、「強がり女子を解放するための場を作りたい」という想いがあると伺っています。そのように考えたきっかけを教えてください。
坂根:私もその「強がり女子」の1人だった、というのが1つあります。
人との距離感はほどほどにして、誰も傷つけないし、自分も傷つけられないようにする。だけどそうしていると、「ちょっとしんどいな」「誰かに話を聞いてほしいな」というときに頼り先がない。それが個人的な課題だったんです。
そんな時にスナックで働き始めて、たまに「気が乗らないな」って思う日もありながらも、結局ここに来て誰かと会って、くだらない話をする。そういった時間が、私の回復だったり、大切なコミュニティになっていたので、その原体験が元になっているんですね。
あとは、ちょうどコロナ禍で就活していた友人から、「悩みを打ち明けられず引きこもってしまっていた」と打ち明けられたことがあって。そういった状況から救ってくれるようなサービスや場を作りたいと考えました。
岩井:坂根さんご自身や同年代の女性の悩みから、それを解決できる場を作りたいと考えたのですね。
坂根:そうですね。スナックって、元々はいわゆるシニアの男性向けの場だと思うんですけど、やはり働く人たちのための「再生産の場所」だと思っていて。
今は「働く」ということが男性も女性も等しくある時代なので、働く女性たちが回復や再生産をできるような場やコミュニティを作っていきたい。そこに、すごく燃える気持ちがあります。
ひとつのコミュニティを作っていくために
岩井:スナックという場を運営するにあたり、大切にしていることを教えてください。
坂根:いろいろありますが、一番大切なのは「ひとつのコミュニティを作っていくこと」だと思っています。
いきなり人の心を解放させるなんて、無理な話で。こちらから「あなたの悩み何ですか?」なんてガバッと探ることはできない。だからもう、こちらは待つしかないと思っています。
何となく「心地いいな」と感じて、立ち寄りたくなるような場や関係性を作っていく。そういったところが課題かなと。
岩井:常連の方と新規の方、それぞれに対するコミュニケーションではどのようなことを意識されていますか?
坂根:リピーターさんに対しては、お客様一人ひとりの顔と名前を覚えて、どういうことが好きなのか知って、「いつでもこちらは待ってる」ということが伝わるような体制を組むことを意識しています。
一方で新しく来てくださるお客様は、スナックってすごく身内っぽくなってしまうこともあるので、最初はとても緊張すると思うんです。
なのでこのスナック水中は、初めての方にとってウェルカムな場で、身内だけではなく新規の方も来てほしいんだということを、安心感を持って爽やかに伝えられるようにしています。
また特に女性の方は、距離が近すぎることへのアンテナが高い方も多いと思います。お客さん同士のランダムな出会いが起こり得るこの場で、嫌な思いをさせてないかということはしっかり気にして見ています。
スナックやバーを”インフラ”にしていきたい
岩井:現在国立市内で、2店舗目であるミュージックバーのリニューアルに向け準備中と伺っています。今後どのように事業を拡大し、どんなことを実現していきたいと考えていますか。
坂根:店舗を拡大していく方法としては2つあります。
今こうして作り上げてきた、『スナック水中』というフォーマットをベースに展開していきたいというのが1つ。
あとは、いま全国でバーやスナックがもの凄い勢いでなくなっている現状があるので、「ぜひとも残したい」という場があれば、その場所のこれまでの経緯を汲み取ってもう一度新しい形にリノベーションしていきたい、というのがもう1つ。
その2つの軸のハイブリットで、店舗を展開していきたいと考えています。
それによって実現したいことは、スナックやバーといった場が、出来るだけ多くの人にとって身近でアクセス可能な場所にあるような、インフラになるといいなというのが夢で。
店舗ごとに「この場所ではどういう人に来て欲しいか」というところを大切にしながら、お客様が自分にとってフィットする場を選んでいただけるような、バリエーションも作っていけたらと思っています。
後編では、母になることとキャリアについて、そしてどのような「休息」を過ごされているのかを伺います。
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