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ひとり劇場(続) セイカ研究所

そして。研究所(ラボ)ばかりが立ち並ぶ小さな離島に、かつてポウースとベルジはいた。たくさんのラボの中で、彼らが生まれたのはセイカ研究所というところだった。セイカ研究所は、ロボットの研究をしている、ポウースとベルジの生みの親であるラボ長のほか、人工生命体の研究をしている者、美術と哲学の研究をしている者、食品の研究をしている者など、雑多な分野の研究者が一つ屋根の下に集って研究をする共同空間だった。

ラボ長は、あるとき研究の一環で作った人間型ロボットのポウース(PUS08)を、今後は自分の雑用をさせる助手として研究所内で使うことに決めた。
ベルジ(BRZ03)は、ラボ長の研究というより趣味で作られたロボットだった。そんな短い手足では、できることにも限りがあると思われるが、趣味なのだから仕方ない。ラボ長は、仕事をそつなくこなすだけではなく、見た目やコミュニケーションで人を癒すというのも、ロボットの担うべき大切な役割だと、言い訳のようにポウースに言った。

ちなみに、ポウースとベルジの型番の「08」などは、ラボ長が試作に試作を重ねて何度目で成功作ができたのかを物語っている。失敗作であり、「ポウース」や「ベルジ」になり損ねた個体は、研究所のゴミ箱に眠っている。

そんなわけで、成功作のポウースはセイカ研究所でラボ長の手伝いをしながら毎日を過ごした。ポウースはラボ長のことをすきだった。自分をこの世に誕生させてくれて、体と心と居場所を与えてくれた主人のことが、とても大切ですきだった。自分の後にベルジが生まれて、この研究所に仲間入りしたときも、自分の主人であるラボ長を、取られてしまうのではないかと心配に思ったものだが、マスコットキャラクターのような見た目のベルジは、手足が短くて自分の何倍も不自由なのだと知ると、同情のような、ものが生まれて、彼のことを憎く思うことはなくなった。

ベルジは研究者たちを癒すために使われた。一方、ポウースはラボ長の役に立つためにここに置いておかれた。その違いはあれど、ポウースとベルジは、仲良くなった。ベルジの誰に対しても変えない率直な態度を、ポウースは内心、好ましいと思った。


セイカ研究所の他の研究者の中には、赤という色に特化して色彩の研究をしている、エズサアという名前の女の研究者がいた。
エズサアはある日の研究で、真の赤とは目に見えて外にあるものではなく、自分たちの内側に隠されて流れている血液であることを発見した。そして、「血を見たい」とつぶやくと、調理場から包丁を持ち出して同僚の研究者の研究室に押し入り、その研究者ひとりを刺殺した。……なぜ彼女が突然こんなことをしたのかは誰にもわからない。ただ、エズサアは来る日も来る日も、他の色のないところで赤い色ばかりを見つめていたので、思考がサイコパスになってしまったのではないかという説がある。説があるが、とにかくエズサアは殺人を犯した。研究室の床は真っ赤になった。
「ああ、この赤だ、わたしがずっと追い求めていたのは!」
エズサアは気持ちを高ぶらせた。殺された研究者が最期に叫んだ悲鳴を聞いた、ラボ長がこの部屋に駆けつけると、エズサアは流れ出た血を使って、その研究室の壁を、まるでペンキのごとく、ローラーで塗っている最中だった。

その事件の後、エズサアは逮捕をされ、小さなラボの島を追われた。セイカ研究所のみならず、ラボ島自体が全面立ち入り禁止になったのは、警察の立ち入り調査の結果、他にも違法薬物などの、やべー研究を進めている研究所がたくさんあることが明らかになったためだった(それらの研究所に比べると、セイカ研究所はまだまともな研究所だったと言える)。そして、ラボ長も研究員のサイコパス化に対して何も策を打てなかった責任を問われ、警察に出頭することになってしまった。ポウースとベルジは「物」として研究所に残されるか、「人」としてラボ島を出るか、選択を迫られたが、結局出ることにした。ポウースはラボ長をすきであった。

離島から本土に移ったはいいものの、行き場所がなかった。ポウースは小さなベルジを抱いて、冬の街をあてもなく歩いていた。夜になると、車通りの多い中心市街地の歩道で小さくまとまり、交通に迷惑をかけないように気をつけて眠った。

何日も、そうしているわけにはいかなかった。自分たちはロボットで、電池が切れる前に、コンセントにプラグを差して充電されなければならないのだ。このまま充電切れを迎えたら、一生、ここに放置されたままになって、そのあとは一体どうなってしまうのかわからない。ポウースは、ヒッチハイクの手法で、通りを走行している車に合図をして、止まってくれた人に、家に連れて行ってもらえないか頼んでみることにした。

誰も止まってはくれず、何日も、そうしていた。この街を歩行者として通行していた小学生のカースティと出会ったのはその時だった。ベルジが、ポウースの腕から飛び降り、ててて、と、どこかに向かって走って行った。その先にいたのがカースティだった。
「あら、どうしたの、この子、動くお人形みたい!」
カースティはそう叫ぶと、ベルジを両手で高い高いをするように拾い上げた。「かわいい!」と言うその少女に向かって、ベルジを追いかけてきたポウースは意を決して言った。
「その子をあげるから、わたしのことも貰ってください!」

ポウースは事情をできるだけ詳細に伝わるようにカースティに話して、カースティはそれを理解し、彼らを家に連れて帰ることにしてくれた。彼女の両親は仕事のために外国にいて、彼女は小学生なのに一人暮らしで、ちょうど、毎日寂しいと思いながら生活しているところだった。

     ☆

そして。
「故郷が恋しい?」
カースティが尋ねた。
「いや、別に……でも、セイカにいつかまた会えたら、とは思う」
ポウースが答えた。セイカとは、ラボ長の名前だった。
「ごめんね、あたしがセイカさんだったらよかったのにね」
「そんなことはない。カースティがいなくなったらわたしは悲しい」
淡々とした口調でポウースが言った。

カースティは大人になったいまでも、二度と家に戻らないと決めたらしい両親の代わりに、ポウースとベルジを愛してくれていた。ポウースは研究所にいた頃の雑用のように家事をこなし、ベルジは、環境が変わったいまでも「人を癒すこと」というロボットの役割を変わらず果たしていた。

「今日はさあ、天気がいいから、どこかに散歩に出かけましょうか」
カースティの提案に、ポウースも、ベルジも賛同した。
そして、三人は道を歩き出した。
あたたかな風の吹く午後の並木道を。

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