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【小説】ルナテラ伝説

世界の風と雨を操っている、伝説の双子の兄弟が存在する。
名は兄をルナ、弟をテラといい、ラテン語でそれぞれ月と地球という意味である。
彼らは今も、小さな木造の空を飛ぶ船で、全世界を旅して回っている。自分らの使命を果たすためだ。
 
「僕たちは、いつまでも父さんに甘えていたかった。だけど、父さんは自分の力の一切を僕とテラに分け与えると、逝ってしまった。」
 
幼い頃は、テラは雨を操ることができなかった。テラが激しく泣いたり笑ったりすると自分を中心とした広範囲で雨が降った。逆に平静でいる時は雨が降らなかった。一方でルナは、その時の自分の怒り方が激しければ激しいほど、強い風があたり一帯に吹くことに気がついた。ルナは風、テラは雨の能力を持っていたが、その能力は大きすぎて、幼いうちはとても自分らの手に負えなかった。その能力を手懐けて、自分の意思の管理下に置けるようになったのは、ふたりが十七歳の時である。
 
「危篤の父さんは僕たちを自分のベッドまで呼び寄せると、僕とテラをいっぺんに抱きしめ、そのままの状態で力を使った。これで、僕たちの元々持っていた強すぎる能力は、自らの意思のもとに動かせる完全なものへと変化した。その代わりに、父さんは亡くなった。母さんのあとを追うみたいに。」
 
兄弟に不思議な力が宿っているのは、両親の遺伝であろうといわれる。父はソル(太陽の意味)という名前で、風や雨にとどまらず、草木や波や土など、自然界にあるものならなんでも、思い通りに操ることができた。母はステラ(星の意味)という名前で、操る能力はなかったけれど、自分の寿命を他の生命に接ぎ木のように差し出すことができた。今にも息絶えそうな人を救えるのが自分の取り柄だと知っていた彼女は、一生懸命に勉強をして病棟で働く看護師になり、危篤の患者に会うたびに自分の能力を使っていった。そのせいで、ステラの寿命はあっという間に少なくなり、ステラはまだ兄弟が幼かった頃に亡くなった。
 
「父さんは、かつて、大地震が起きた時に、津波の起きている地域まですぐに行けなかったばっかりに、本当なら波を自分で鎮められたはずが、何もできなかったことを悔やんでいた。津波で多くの人が亡くなったのは、自分のせいなんだ、この罪の意識は死ぬまで持ち歩くだろうと言っていた。」
 
ソルもルナもテラも、遠くの場所の自然は操れないという欠点があった。そのため、自分たちはどこにいるのが正解なのだろうと悩むことがあった。特に父を亡くした後のルナとテラは、自分たちが特別であることを自覚していて、誰か困っている人のためにこの能力があるのだとしたら、その人のために能力を使いたいと、真剣に考えるようになっていた。
 
「だから僕たちは、父の遺したお金で小さな木造の空飛ぶ船を買った。船には生活に必要なものを積んで、世界中を旅した。遠くの国で干ばつの酷い地域を初めて見た。そういう地域にテラが雨を降らすと、本当にみんな助かったと感謝してくれた。猛暑の地域には僕が風をもたらした。台風や暴風雨の被害を受けているところへも行った。僕とテラはその地域の風と雨をだんだん弱め、ついには消し去った。そんなことを幾度も重ねるうちに、これは僕たちの使命かもしれないぞとなった。僕たちにもう家は必要なかった。帰ったところで父さんも母さんも誰もいないのだもの。」
 
船で十分に生活ができた。ルナとテラは行く先々の町で必要なものを購入し、停めた船の中で洗濯や料理をした。自在に操れるようになってからふたりは、極端に狭い範囲に風や雨をもたらすこともできるようになっていたので、シャワーには雨、ドライヤーには風を使った。父の遺したお金の残りは、使わずにとっておいて、生活費は、ふたりのうちその日の家事をしないことになっているほうが日雇いで稼いだ。
 
「父さんの遺言通り、僕たちはどんな時も手を取り合って生きてきた。きっと死ぬ時もふたり一緒だろう。髪色以外、僕と姿が全く同じこの弟に、僕は何度救われてきたことか。この愛情に似た気持ちは多分、弟も僕に対して抱いているはずだった。少なくとも僕はそう思っていた。そんなある日のことだった。何かの会話の時に、僕はテラに『いつかどっちかが死んだらもう片方は後追い自殺をしようね』と言った。テラは真顔で首を横に振り、『父さんと母さんはそんなこと望んでいない』と言った。」
 
「わかったよ。」ルナは首をすくめて言った。「でも死ぬまでは、一緒に生きようね。ふたりでこの使命を果たそうね。」「うん。死ぬまで、一緒に、果たそうね。」ふたりはゆびきりをした。いつまでも忘れない指切りを。
 
 
 

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