つばさ物語
つばさと呼ばれるその人は、二百年もの間、屋敷の門を守っていました。屋敷には時折旅人が訪れましたが、誰も入れてはいけないとの命令だったので、その人は来る日も来る日も、人を追い払い続けました。寒さもいっそう増しましたある時、主人が外出するというので、門をお開けになると、つばさに、「今日からお前も、屋敷の中で暖をとると良い。」とお告げになられて、つばさは、それで初めて、屋敷の中に入れてもらいました。しかしつばさは、ああ、もし私が門の前に立っていない時に旅人がやってきたら、一体どうしたらよいのだろうか。主人が帰ってくるのがいつになるのかもわからないので、口惜しや、致し方ない。と、ひどく憂うものですから、結局、室内であたたまるのをとりやめて、いつものように門の前に出ていきました。そうしてしばらく考え事をしていました際に、ややあ、と声がかかりました。声のする方を見てみると、なんと主人が大切にお育てになっているうさぎではありませんか。「今喋ったのはお前か、うさぎ。」とつばさが申し上げると、うさぎはこうおっしゃいました。「私は名を卯月と申す。我が主人、豊次郎様が名付けられた。ときに、一ツ目。お前のような妖怪が、人間である豊次郎様にお仕えするのはいかがなことと考えているのか。」そう、このつばさと呼ばれる人は、頭の先が尖っており、目が一つで、禍々しき二本の角と翼を持った、恐ろしい姿の妖魔でありました。頭と顔が隠れるように、常より布を被っておりましたが、このうさぎは屋敷の庭先に住むものゆえ、何かのはずみで、つばさの素顔をお見かけになったことがおありなのでしょう。つばさは、平然を装う風で「もちろん、私は悪しき姿ゆえこのような門前人払いのために雇われているのだと思う。しかし、私のような役立たぬ者にも仕事を与えてくださった、主人には感謝してもしきれぬほどだ。」と申し上げ終わりますと、こらえていたものが溢れ出したと見えて、膝から崩れ落ちうずくまるようにして泣き申し上げました。うさぎはこれを見て、蔑みなさったようで、「先ほど主人が、お前に中に入れとおっしゃったのは、お前に与える仕事がもうなくなったからだ。それか、お前の人払いのやり方がたいそう問題であるので、仕事を辞めさせたに違いあるまい。そうでなければ、どうして主人の留守にする時に、門を守らせないことがあろうか。」つばさはこれに、泣く泣く頷き申し上げると、「ああ、あなたに二百年お仕え申し上げましたが、役に立てていたかどうかわからなくなってしまいました。今宵は醜さと一緒に消えてしまいたい限りです。」と言って、両翼を勢いよく打ちはためかせ、空へ飛んで姿が見えなくなりました。極寒の時でした。つばさは一人で上空を飛びながら、あまりの寒さに目を瞑りますと、目の前に雪山があったのをかわしそびれてしまって、大いにぶつかると、雪崩が起きてはいけないので、少し心配しましたが、雪崩は起こらなかったので、一息ついて、気分も落ち着いた頃合いに、よくよく考えてみますと、人間が二百年以上生きるわけがないことに気がつきました。青ざめて「ああ、私を雇ってくださったのは今の主人ではなく、今の主人のご先祖か。すると、私がお仕えしていると思っていた主人は、あの出て行かれたお方ではない。私の大切な主人のお顔を、あれ以来一度も見ることもなく、いつの間にか死んでゆかれたのだ。」と思いますと、あまりのショックに涙も出てきません。