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ひとり劇場

そして。ある日、小学五年生のカースティは学校から帰ってくるなりこう言った。
「あたし、小説を書く!」
ポウースとベルジはぽかんとした。靴を脱ぎ捨て、通学かばんを無造作に打ち捨てると、カースティは自室に向かって慌ただしく階段を登っていった。
「何かに感化されたみたいだね」
ベルジは向かいに座るポウースに言った。「そっとしておこう」

カースティは気にしていないけれど、本当の家族ではない。ポウースとベルジは、カースティに「拾われた」家族だ。二人とも、ここから遠い、研究所(ラボ)ばかりが立ち並ぶ小さな島で、博士によって雑用をこなすように作られた、意思のあるロボットだった。彼らの見た目といったら、ポウースは本当に人間にそっくりで、背が高く、長い銀髪を後頭部のあたりでひとたばに結っている、青年のような外見だ。ベルジは、デフォルメされた小さなマスコットキャラクターのような外見で、短いぼさぼさの黒髪をして、いまは赤いボーダー柄のTシャツ(子供服)を着ている。二人とも、小さなラボの島が訳あって立ち入り禁止になった後、行き場を失って途方にくれていたところをカースティに拾われたという経緯だった。

カースティは自分の机に向かい、手帳をひらいて、夢中で物語を書き綴った。箒で空を飛んでいた魔法使いが、嵐にあい、強風に飛ばされて、見知らぬ街にたどり着く。箒は折れて使い物にならなくなり、歩き回ることを余儀無くされる。そこで色々なものに出会うという物語。
……夕方五時半ごろ。ポウースがカースティの部屋の前に立ち、ノックをして戸を開けると、カースティは書く手を止めて扉を振り返り、「えへへ、見ないでよ」と言って笑った。

「何に感化されたんだい?」
ポウースに続いてやってきたベルジが尋ねると、「アレックス・シアラー」と返ってきた。
「学校の図書室にさ、彼の小説がたくさんあったの。あたし、その人の本がどれもすきで、いつかあたしも書きたいなあって思ってた。でもいまがきっとその時なんだわ。だって、こんなにも書きたくてたまらない!」
そして、再び机に向き直り、赤い手帳にガリガリと書いた。
「カースティ」と、淡々とした口調でポウースが言った。
「味噌汁を作った。夕食なら、いつでも」
「はーい。いつもありがとう!」

     ☆

小学生のあの日に書いたそれは、原稿用紙に移ることはなく、いつまでも赤い手帳に記したメモのままになった気がする。あれから、何年も何年も経った。小学生だったあたしは大人(24歳)になり、小さなラボの島から来た二人のロボットは壊れることも年老いることもなく、いつもあたしと一緒に暮らしてくれている。両親から愛されることとか、大人になってからしなくなったこともあるけれど、小説を書くことだけはいまもなお続けていて、小説投稿サイトにちょくちょくアップしている。ポウースとベルジに読ませたことは一度もない。

だけど一編だけ、これならポウースとベルジに読ませたいなって思う小説ができた。つまりそれは、ロボット関係の小説だ。サムっていう孤独な老科学者が、話し相手を欲しくなって、若い頃の自分にそっくりな人型ロボットを作って、家で一緒に暮らすという物語。そのロボット(SAM001)には、特殊なモーターが使われていて、なんとロボットなのに自分で繁殖ができちゃう。いつしかサム爺さんの家には若いころのサムが大量にいるようになり、爺さんは「賑やかで楽しいわい」「もう寂しくないのう」なんて言うんだけど、SAMはまだまだ、どんどん増えちゃう。爺さんが死んだ後も。街に溢れかえったSAMは、社会問題になって、何が困るって、このSAMというロボット、どの個体もとてもうざい性格をしている。どこかで誰かが「寒い!」とか言おうものなら、自分が呼ばれたんだと思って、「呼んだかー!!!」って言ってどこからでも飛んでくる。そして面倒なことに、ハイテンションでしつこく絡んでくる。だから迂闊に「さむ」と口にできない。でも本当に主人(誰でも)に対して従順だから、対応は簡単、ただ「あっちへ行け」と言っただけでどこかに飛んで行ってくれる。

そんなふうになった社会に生きる、少年シイジは、この自動繁殖ロボットに興味を持ち、ある日SAMを1体捕まえて、どうなっているのかと内部を調べだす。その経緯で、彼は街に溢れかえったSAMを完全に消し去る方法を見つけてしまう。

……いや、これ、むしろポウースとベルジに読ませないほうがいいか。

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