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【小説】 作詞

歌を求めて長い旅をしてきた。
旅人の少年は絶望していた。
どこを訪ねても、そこにあるのは他人の歌ばかり。
自分の世界を、自分の心を歌ってくれる、
自分のための歌は、いままで渡り歩いてきたどの国にも、一つとして存在しなかった。
「僕の歌なんてどこにもない。歌なんて……嫌いになりそう」
やがて、ある晴れた春の日、黄昏時にたどり着いたその岸辺では一頭の大きなドラゴンが
太い首をもたげてあくびをしていた。
そのドラゴンの背には短い赤い髪の少女がいて、
紙の束を膝の上に広げて、一人静かに書き物をしていた。

旅人の少年が「こんにちは」と挨拶すると、少女はちらと一瞥をくれただけだった。
「こんにちは」少年はもう一度言った。こたえはなかった。
「歌を探しているんです……」と彼が言うと、少女の目が輝いた。
「歌を?」
「そうなんです。普通の歌じゃダメなんだ。僕の心を、僕の世界を歌ってくれるような歌でないと。」
「ほう、きみ、よくここにきたね」
少女はドラゴンの背から飛び降りた。
「何を隠そうあたしは作詞家だ。いまも新作の歌を作っていたのだ。この新しい歌が、きみの心を歌うものであるかはわからないが、披露してあげようか。まだメロディはついていないから、言葉でしかないけれど。」
少年は期待して目を輝かせた。

スターダスト

ああ 宇宙が
僕の中に流れ込んでくる
ああ 冷たい星々のささやきは
このそらに いっぱいに響くの
ほら 夢にも見たトワの風景
たどり着いた丘の上
生命の木の枝先にいちばん星
明日 晴れたら
どこまでも いけるかな

それを聞いた少年は肩を落とした。
「これも、僕の求めている歌じゃないや」
「そうでしょう。だろうとは思ったよ」
「やっぱり僕の心の風景を歌ってくれる歌なんて、どこにも存在しないんだ……」
「あんた、じゃ、自分で歌を作ったらどう」
びっくりして彼は少女を見つめた。
「僕が、自分で歌を?」
考えたこともなかった。
「あんたの心の風景がどんなかは知らないよ。けど、そんなに欲しくてどこにもないのなら、自分で作っちゃえばいいんだよ」
ここで、少女はニヤリと笑った。
「あたしみたいにね」

少女は少年に何枚かの紙と鉛筆を貸してくれた。少年は荷物を降ろして地面の上に置くと、再びドラゴンの背に乗った少女の真似をして、恐る恐る少女の隣に飛び乗った。そして、体が安定する位置を探し終えると、膝を机がわりにして歌詞を考え始めた。
そして、その日の夜にできた歌はこんなふうなものだった。

いま、ここ

貴方は 私の大切な人です
会えなくなった 今でさえもずっと
もう戻れないあの日々
思い出が置き去りになっているあの場所
戻れないことはつらいけど
今の私の居場所はここだから
大切なものがここにもあるから
私はここで生きてゆきます

ランプの明かりのもとで、それを読んだ少女は言った。
「どこかで聞いたような歌だね」
「うそ!」
「本当にいままで見つからなかったの?」
ショックを受けた様子の少年を見て、少女はけらけら笑った。
「少しは僕の言いたいことを言っていても、共鳴するのはその部分だけで、全体を見ると他のところで他人の歌になっているんだよ。そういう、惜しい歌ならたくさん知ってる」
少年は言い訳をした。
「まあ、いいだろう。いまあんたが作ったこの詩を持って、今度は作曲家のところを訪ねてごらん。この詞にあった曲を作ってもらうように頼むんだ。そしたら、曲との兼ね合いで、詞が変更になることもあると思うけど。」
少女が言った。
「ありがとう。そうするよ。ところで、きみの名前は」
「あたしはミエタだ」
「ミエタ。すてきな名前だね。僕はメオだ」
「あんたの詞、気に入ったよ。何にもたとえたりせずに、ストレートに表現しているところがね」
少年は恥ずかしくなった。ストレートな表現はわざとではなく、たとえるという技術がなかっただけなのだ。
少年が赤面したところを見て、少女は悟った。
「紙はまだあるから、もう一編書く?」
「うん……」
「よかったら、あたしの他の詞も見せようか。これなんかは『曲先』っていって、すでに存在する曲に合わせて歌詞を書いたんだ。メオも、そういう作りかたをしてもいいのかもしれないね」
少女はそう言って、詞を書いた一枚の紙を差し出した。

望み

写真のなかのわたしを見て
あのときのメロディを蘇らせてる
たくさんの想い出をいろいろ胸に
振り返ればあのころ 楽しかったね
はじめからわたしたち
友達だったのかもしれない
それがわたしの望みならきっといまのまま
ずっといまのまま

それを読んだ少年は尋ねた。
「どんな曲? 歌ってみせてよ」
「いいよ」
少女は歌った。そこに書かれていた文字が、音になり、音楽になり、意味を持って伝わってくる。彼らの乗っているドラゴンが、その歌を聴いてか、ぶるる、と、身震いをした。
「すごいね、ミエタ。僕もそういう作りかたをしようかな」
「今日はもう遅いから、明日にしようか?」

ドラゴンの背から降りた少女は、やがて寝袋で眠ってしまったようだった。その後も少年は眠る少女の横で歌を書き続け、夜中までかかってこんな歌を完成させた。

追憶

貴方が私を思い出すことはあるでしょうか
私は貴方をいま懐かしく思い出します
右手でかきあげた貴方の髪
時折見せる貴方の笑顔
私を心配して震える貴方の声
ベッドの上の貴方の体温
忘れたくない すべての記憶が
今でも私の支えです
もう遠くなったあの日のすべて
今でも私のたからです

「……やっぱり、ほんとうに表現がストレートで、詞というより手紙みたいな文章になっちゃうな。でも前作よりは具体的で、オリジナリティがあると思うから、これはこれでいいんじゃないだろうか。」
少年は独り言を呟いた。


明かりを消して、少年も眠った。そして朝になり、少女は目を覚ました。その一時間後、少年も目を覚ました。「ねえねえ、どんな詞ができたの?」と言う少女に、少年は照れてその詞を見せなかった。そして少女に余った紙と鉛筆を返すと、彼は荷物の中に、書き損じた紙と、詞を書いた二枚の紙をまとめ始めた。

その背を見ながら、少女は言った。
「メオ。もう行くんだね」
「うん。ひとまず作曲家のところを訪ねてみるよ」
少年は荷物を背負い、少女のほうを振り向いた。
「あたしもまた今日から旅を続けるよ。また会えるといいね」
「いろいろとありがとう、ミエタ。それじゃあ、またね」

そうしてドラゴンと少女は、朝のしんとした空気のなか、この岸辺を去ってゆく少年の背中を見送った。


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