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もうひとりのわたしの話

かつて、わたしは二人いた。

もうひとりのわたしも、わたしと同じ赤色の髪をして、エメラルドのような緑色の目をしていた。

違うのは、わたしと違って彼女はくせのないストレートヘアで、それを頭の後ろで二つに縛っているその髪型だけだった。顔立ちと体つきは全く同じで、わたしと見間違えるほどだった。

わたしの名はシダリだが、もうひとりのわたしの名前はフィルといった。

その頃のわたしはフィルに、何度となく問いかけた。

なぜ、いつからわたしのそばに存在しているのか、何か目的があるのか、彼女自身のことをだ。

しかしフィルは何も返してはくれなかった。わたしは次第に問うことが馬鹿馬鹿しくなり、尋ねることをやめてしまった。一緒にいることが自然で当たり前で、なぜだとか問うことじゃないよなって気がしてきたのだ。


学校でも家でもわたしたちはいつも一緒にいた。家族もそれを当たり前だと思うようになっていった。気づくと勉強部屋には、わたしとフィル二人の机が並んでいた。

フィルは絵を描くのがうまくて、わたしにも色々と描いてくれた。頭にお花の生えた女の子のイラストや、たくさんのビルが立ち並ぶ架空の街並みの風景などだった。

反対に、わたしがフィルに絵を描いてあげたこともあった。

その時は、長いドレスを着た女性と、その横に立つ、服を着たうさぎのキャラクターのイラストを描いた。わたしのすきな赤色を多く使った。

わたしのすきなものはフィルもすきなのか、その辺のことはよくわからないが、フィルはその絵をとても喜んでもらってくれた。

フィルは手芸も得意で、レジンで作ったアクセサリーや、刺繍糸で編んだミサンガやなんかもたびたび作っているようだった。どちらもわたしには作れないものだ。フィルは作った作品のうちの一つ、二つをわたしにくれた。わたしはそのお返しに小さな手織りのコースターを作ってあげた。手織りコースターは、フィルには作れないものらしかった。二人の手芸における得意なものは、それぞれ違っていたということらしいのだ。


わたしとフィルはよく一緒にお風呂にも入っていた。同じ体つきなので、互いの裸を見ることはさして恥ずかしくはなかった。シャワーのお湯をかけあって遊んだり、互いの頭を洗ってあげたり、それは楽しい時間を過ごしていた。

わたしとフィルはいつも一緒のベッドで寝た。わたしたちは毎日、眠る前にベッドの中で、一緒に、口頭で即興の物語を作っていた。この営みを、わたしたちは「ごっこ」と呼び、さまざまなキャラになりきって色々な話を作り上げた。わたしたちのごっこはいつも「そして。」から始まる。

それは、例えばこんなものだった。

「そして。じゃあ、あるところに、シーザという名前の薬学者がいたのね」

「シーザはある日、記憶喪失になる薬を開発したのね」

「それを小学四年生の息子に飲ませたのね。『パパ、これ、何?』」

「『これはな、ナカッタコトニスールという薬でな、嫌な記憶を忘れるためのものなんだ』」

「『パパ、ぼく、嫌なことはあっても忘れたいことなんて一つもないよ』」

「『いいから飲みなさい。認知症の老婆の脳を研究して作り出した新薬だ。きっとお前も気にいるぞ』」

「息子はそれを飲んでしまったのね」

「最初は、何も変わらないよ、と言っていた息子だけど、何十分か時間が経つうちに意識が朦朧としてきて、ついに、『ああ、ぼくは、だ、誰?』と言ったのね」

「『お前の名前は、ユマだ。俺はお前の父親だ』」

「本当はその息子はルートという名前だったのに、シーザは息子の記憶をなくして新しい名前をつけてしまったのね」

「目的は何だろう?」

「うーん。息子につけた名前が気に入らなかったとか?」

「いや、違う。作った薬を、手近な人間で実験して、効果があることを証明しろ! って、上から言われていたとかにしようか」

「じゃあ、ルートが『誰?』って言った時、シーザは実験が失敗したと思って愕然としたのね。『嫌なことだけを忘れるように作ったつもりが、自分の名前も全部忘れてしまいやがった!』」

二人だけの秘密の営みだった。わたしはフィルとごっこをする時間が大好きだった。


わたしの誕生日はフィルの誕生日でもあった。わたしたちは家族から祝われ、わたしはその日、フィルが存在することに感謝し、愛してると告げた。

フィルは、わたしもシダリのこと愛してる、ずっとそばにいてねと言ってくれた。

そんなフィルがいなくなったのは、わたしが受験生になって勉強ばかりするようになった頃のことだった。

フィルは勉強をしなかった。受験生になったのは、どういうわけか、二人のわたしのうち、シダリだけだったのだ。

受験生じゃないフィルと一緒にいると、つい遊んでしまうから、わたしは次第にフィルを避けるようになった。部屋も分けたし、一度も会わない日もあった。

そうしていたら、フィルはいつしかわたしの元から消えてしまった。置き手紙も何もなしに、いつの間にか跡形もなく消えてしまっていたのだ。

驚いたのは、家族である父と母の記憶からも、フィルが消えているということだった。わたしがフィルのことを話題にすると、彼らは怪訝そうな顔をして、そんな子は最初からいないよ、などと言うのだ。

わたしが大学に合格してからも、大学生になって多少の遊ぶ時間ができた後も、フィルは戻ってこなかった。

どんなに恋しく思っても、どんなに切実に願っても、フィルが戻ってくることはとうとうなかった。わたしはひとりぼっちになった。

あれから、一度たりともごっこをしていない。多分、もう二度とすることはないのだろう。だって、フィルはいなくなってしまったのだから。

いまでもフィルからもらった絵とミサンガとレジンアクセサリーは、わたしの部屋に大事に飾られている。それらを見るたびに思い出すのだ。「かつて、わたしは二人いた」って。

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