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【小説】キリム時計塔

ああ、世界は、滅びた。
終わりを告げたのは、世界の中心に天をつくようにそびえ立つ時計塔の時計の鐘の音だった。
この世界には、時が流れる。
もはや人が一人もいなくなったこの世界にも、幾度となく朝が来て、夜が訪れた。
そしてそれを告げるのは、いつだって世界の中心の時計塔の時計の鐘の音だった。

その時計塔の最上階の部屋には、大きな縦型の織り機が存在した。
誰もいなくなった世界の、時計塔の中の部屋に、なおも機織りを続ける一人の少女がいる。
故郷の村から仕入れた、羊の毛を紡いで作られ染色された糸を使って。
カラフルなキリムの絨毯を彼女は織り上げる。
織り機はこの部屋のからくりにつながっており、彼女が織り続けることで歯車は回る。歯車は、時計塔の時計を回すための部品だ。
彼女が手を休めると、時計も止まってしまう。
誰かがこの時計を頼りにしているから、時計は常に動き続けなければならないと、かつてここに彼女を連れてきた男は言った。

ある時、彼女はふと思った。この世界にはもう誰もいないのだ。
わたしに指図をする男ももういない。わたしがここで織り、時計を回さなくても誰も困りはしないのだ。
そのことに気づいてもなお、キリム織りの少女は織りを続けた。
いまこの世界にただ一つ生きている、時計塔を死なせないためだ。


少女の名前は、アゼリといった。
代々、女性はキリムを織る伝統のある、中東の小さな村の出身だ。
ある日、この村を訪れたとある男は、「この世界の中心の時計を回す織り手が必要で、すぐに一緒に来てほしい」という。女性たちは集まって話し合い、この村の中から、一人織り手を選び出すことにした。
それで選ばれたのが、当時十四歳になる、最年少のアゼリだった。

アゼリは男に手を引かれ、世界で最も高い建物でもある、その時計塔に連れてこられた。
色とりどりの大量の毛糸は、故郷の村から一緒に持ってきたものだった。
「誰かが織物をしないと、この塔の時計は動かないんだ」と男はいう。
「時計が動かないと、どんな困ったことがあるんですか」アゼリは尋ねた。
「皆が時間をわからない。この塔はこの世界のどんな場所からも見えるから、常に正しく時を刻まなくちゃいけないんだ。そうだろう? 誰も見ていなかったら時計なんて動く必要はない。誰かが見るから動かなくちゃならないんだよ」
塔の所有者であるこの男は、塔の最上階の、からくりにつながった縦型の織り機が置かれている部屋に、彼女を案内した。

それ以来、アゼリは、この塔の中に閉じこもった。
本来織りを行う一番の動機であるはずの、この世界に生きる喜びも忘れて、ただひたすらに織り続けた。嬉しいことといったら、きっかり一時間おきにこの塔の鐘が鳴ることくらいだった。塔の所有者の男は時々、時計塔に現れては、アゼリに何か優しい言葉をかけ、アゼリはだんだん、この男のことをすきになった。いや、すきになろうとした。そうでもしなければ、自分を保てなかったのだ。少女はこの時計に自分の人生を捧げることの意味を次第に理解していった。それはつまり、この時計と一緒に死んでいく、ということだ。自分の織るキリムの文様に、懐かしい故郷の風景を思い出して泣くことも時々あった。男はこの塔に常備している毛糸をいつもチェックしていた。なくなりそうになると、自ら彼女の故郷の村に赴いて、毛糸を仕入れて帰ってくるのだった。

彼女の織り上げる絨毯は一枚につき一年はかかるような大きなものだった。
やがて、この塔で織るキリムの絨毯が五枚目に突入した頃に、この世界は滅びた。たった一人、塔の中の高いところにいた少女を残して、地上の人間は一人残らず死んだ。男もきっとどこかで死に、彼女が織る理由はなくなったように思われた。

それでも彼女は、やめなかった。いまここにある毛糸が尽きるまではこの塔の中で織り続けようと思った。あの男に恋をしていたためだ。

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