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【二次創作小説】 由真

光の中に黒い渦の回転があった。
彼女は一人、その中から這い出た。
水は回り、闇をゆっくりかき混ぜる。
彼女は暗い波に揺られて、どこかの国に流れ着いた——

とある人物。焦燥したような顔。
黒髪を後頭部で雑にまとめあげている。
頬はこけ、自信のなさそうな前傾の姿勢のまま
陸地に降り立つと、服の中から小さな赤いナイフを取り出した。
彼女はいつも持っている。
こっそりと隠し持っている。
彼女はそのナイフを見ると落ち着く。
“お守りみたいなもの”。
この人物は周囲を警戒した様子でいた。
何かあった時にはこのナイフはきっと自分を守ってくれるだろう。
再び赤いナイフを服の内側に忍ばせて、
彼女はまた、居場所を探す旅に出る。

     ☆

波の音。他には何もない。離れ小島。海と空以外、ここには何もない。
どこかの誰かさんへ、お元気ですか。
少し困ったことがあって、だけど他人を頼るすべがわたしにはないものですから、こうしてメッセージを書いて、空き瓶の中にこのお手紙を入れ、海へ流してみることにしました。どうか、どこかの島に流れ着いて、あなたが拾って読んでくれますように。

ユマという子を探しています。長い黒髪で目は大きく色白で、背丈は小柄な女の子です。服装は、頭と腕を出すための穴を空けた大きな白い布一枚だけを、痩せたその身にまとっています。
ユマは、故郷がわからない子なんです。親もわからない……捨て子でした。人間としてはたった一人、この広大な海にポツンと浮かぶわたしの小島に暮らしていました。わたしの小島には三本の背の高い樹木が並んで生えていて、ユマはその木が何の木であるか知らずに、木の実を取って食べて暮らしていました。
ところがある日、島に住んでいる、ユマが赤子だった頃から世話を焼いていたわたし(もぐらです)と喧嘩をして、いまから三年ほど前に、彼女は島を出て行ってしまいました。彼女は赤子の頃からなぜか唯一持っていた道具である小さなナイフを使って、あの三本の木をイカダにして海へ出たのです。もうここには居られない、と言う彼女をわたしは止められませんでした。それ以上先のことは、わたしにはわかりません。
いま、わたしは喧嘩したことを後悔しています。あの子はわたしにはかけがえのない存在なのです。生きていたら十六歳のはずです。このユマという女の子の行方を、あなたはご存知ないでしょうか?

     ☆

広大な海の旅を生き延び、辿り着いた陸地はとある魔法学校の構内の浜辺だった。ここが魔法使いを養成する施設だと知ったユマ(十三歳)は学校の門を叩く。身寄りのないユマはこの学校に生徒として引き取ってもらうべく、校長との面談を希望した。ユマはその学校の面談室に通された。焦燥した、疲れきった顔のまま校長と対話する。
「きみの事情はわかった。だが、なぜ魔法使いになりたいのかね?」
「私が大魔法使いになって有名になれば、両親が私の居場所に気づいて、会いにきてくれるかもしれないと思うからです」
嘘だった。本当は、恐ろしい魔法を身につけて、愛してくれなかった両親に魔法を使って復讐するためだった。
「嘘をついているね?」
校長にはお見通しだった。
「はい。本当は、違います。力が欲しいんです。私を捨てた両親に復讐するだけの力が。こんな動機で入れてもらえるわけがないことはわかっています。だけどどうしても、力を身につけたいんです……」
話しているうちに彼女はくすんくすん泣き始めた。嘘泣きだった。その様子を、向かいに座る校長は黙って見つめた。この子を復讐ではなく人道の正しい道に導いてやらなければならない。それは教育者としてのわたしの責任かもしれない。目の前の一人の子供を改心させることができないで、どうして他の生徒をも成長させることができようか。やがて口を開いた。
「よし、わかった。わたしの責任できみを特別にこの学校に入学させよう」

校長は、ユマが着ている布の中に忍ばせていた赤いナイフを見つけると、「それは何だい? 何のために持っているのかい」と質問した。ユマは答えた。「これはお守りです。生まれた時から持っているもので、もしかしたら親の形見かもしれない。大切なものです」
校長は少し考えたようだった。そして、
「きみの今の精神状態では、ナイフを正しくは扱えないかもしれないね。きみが在学のうちはこっちで預からせてもらおう。きみが卒業する時に返すよ」
ユマは表情一つ変えずに、黙ってそれを聞いていた。やがて口を開いた。
「わかりました。でも少しだけ待ってください」
ユマはヘアゴムを解いて結っていた髪を下ろし、手を使ってまとめ直すと、小さな赤いナイフで、その長い黒髪を頭の根元付近でばっさりと切った。

ユマは他の学生と同様、学生寮に住むことになった。用意された部屋は、ユマにとって生まれて初めての屋内の部屋で、家具が備え付けられた、バス・トイレ付きの六畳一間だった。ユマは、部屋での暮らしの心地よさを初めて実感した。野ざらしでもない、海の上でもない、建物の四角い部屋の中。なんて快適なんだろう。ずっとここに居たいと思った。卒業をしないでずっとここの生徒でいるなんてことはできないのだろうな。いつか巣立つ、というその約束で、ユマはナイフを校長に預けたのだから。

     ☆

それから三年後。ついに慣れ親しんだ居場所を去る時がきた。魔法学校を首席で卒業した、魔法の知識と経験のある魔法使いユマ(十六歳)。あれから髪は一度も切らず、三年の間伸ばし続けた黒髪をまた後頭部で結んでいた。相変わらず身寄りはなく、名字もない。だから、世界のどこかには存在するはずの故郷と両親を見つけ出すということは、彼女にとってやはり人生最大の課題だった。だが、復讐のためではない。三年間の学生生活を経て、彼女の目的は復讐ではなく、ただ質問することに変わっていた。なぜ私をあんな無人島に捨てたのか? と、彼らに尋ねてみたかった。
もう、部屋には住んでいない。彼女は立派な、親の形見の赤いナイフを携えた「旅の魔法使い」に変わっていた。島を出たばかりの頃とは、身なりも顔つきも、心もちも変わっていた。

身につけた魔力で、空を飛んでの旅だった。魔法使いといえども、ユマはほうきを使わない。体ひとつで空を飛び、飛び疲れると地面に降りて、夕方から野営をし、魔法の炎で焚き火をして眠る。食べ物が見つからない時は、何日も食べないこともあるにはあるが、そんなのは島暮らし時代にいやというほど経験し慣れっこなので、特に問題には思わなかった。町から町へ、人から人へ、この赤いナイフに見覚えはないか、私のような人を探している知り合いはいないかと尋ねて回る日々だった。

ある日の野営でのことだった。ユマは旅が終わる夢を見た。広大なその平原には天をつくほど背の高い木が三本並んで生えており、その根元に粗末な小屋が一棟建っていた。母親がわりだったもぐらもいて、ユマともぐらは二人この小屋に暮らしているようだった。
そこに二人の人間のシルエットが、舟を漕いで近づいてくる。霧の中からだんだんと姿を現すその二人は、まさにユマの顔も知らない両親なのだった。ユマはそうであるとすぐにわかった。「おとうさん、おかあさん!」と叫ぶと、右手で赤いナイフの柄を握りしめ、そのまま、舟に向かって大きく手を振った。
現実になればいいのに、と、目覚めたユマは思った。喧嘩わかれしたもぐらとも、仲直りをして、また一緒に暮らしたかった。もぐらはユマを育て、言語と文字を教えてくれた。その恩があるのに、あんな別れかたをしてしまった。気がかりだった。故郷が見つかったら、そこに永住するつもりでいた。だがその前に、一度くらい……島に戻るのもありではないか。そこまで考えて、ユマは
「ダメだ。寄り道になる。急ぎの旅なんだ。島は、故郷が見つかった後、また別の時にゆっくり訪ねればいい」
かぶりを振ってそういうと立ち上がり、シュラフや、荷物をまとめ始めた。


何年も、何年も過ぎた。ユマは、二十四歳になっていた。ユマは、「求めるから見つからないのかもしれない。何か別のことに夢中になっていたら、ひょんなことから故郷と両親が見つかるかもしれない」と思い始めていた。次に訪れる町を最後に、旅を一旦休もうと考えていた。道ゆく人から聞いた話によると、その町はジズという魔法使いの青年が治める、魔法使いの町だということだ。ユマはこの町の役所を訪ね、ジズと面会した。
「この町は魔法使いの町だそうですね。実は私も魔法使いなのですよ」と言うと、ジズは、
「へえ、そうですか。一体どの魔法学校の出です?」と尋ねてきた。
「ホイラルクという国の、アオイ魔法学校というところです」
「おお、ホイラルクから。では、ホイラルクのご出身?」
ユマは自分の出自はわからないこと、アオイ魔法学校にはたまたま流れ着いただけで入学したことをジズに説明した。
「そうでしたか……でも、同じ魔法使いなら、この町はきっと居心地がよいことでしょう。旅のかた。ぜひゆっくりしてください」
「あの、それで、実は、旅を一旦休もうと思っているのです。この町は、その……私のような外国からきた旅人が、腰を落ち着けても大丈夫な土地でしょうか?」
ジズはにっこりと笑った。
「もちろんです。長くこちらにおいでのつもりなら、家屋も手配しましょう」
「ああ、ありがとうございます」

ユマは、この町に家を借りて住み始めた。町には大きなショッピングモールがあり、地元の人のみならず外国からの観光客も溢れ、賑わっていた。やがてユマはショッピングモールの一角に、働き口を見つけた。店員として働いてお金を稼ぐと、食べ物や生活に必要なものを買うことができるようになった。
そうやって暮らしているうちユマは、この町に、魔法使いがさらに高等な魔法を研究できる大学があることを新聞で知った。ユマは、その大学……アトレーユ魔法大学に入りたいと少し思った。そう、ほんの少しの願望だった。だが、この胸の中に生まれた一つの小さな炎は、日に日に強くなる熱と光をまとっているかのようだった。ついには、入学するしかない。それしか考えられないと思うほどになった。
だが、大きな問題があった。お金だ。アオイ魔法学校では、ユマは訳ありの生徒ということで、校長のご厚意でただで入学させてもらえた。だが今度はそうはいかない。入学するには大金が必要だ。いま以上にシフトを増やしたり、場合によっては別の仕事を掛け持ちしたり、毎日の生活に使うお金を極力節約したりして。そういった倹約生活を何年も続けてようやくそれは実現できるものだった。そこまでして魔法大学に入りたいのだろうか? ユマは諦めた。もともと学がなかった無人島時代からしてみれば、いま持てる魔力と魔法の知識だけでも十分なのだ。

ジズは、ここに住み着いたユマの世話を色々と焼いてくれた。大学に進学したい、と相談した時には、真っ先に背中を押してくれた。お金の問題があると告げて、入学は諦めるつもりだ、と言った時、ジズはユマのために学費のいくらかを協力したいと申し出た。ユマは流石にそれは申し訳ないと言って、礼を述べて断った。ユマはショッピングモールで働き、稼いだお金で食べ物を買って、屋根のある家の中で寝起きできる、それだけで十分なのだとジズに言った。ジズに言ったが、自分に言い聞かせているようなところも実際はあった。

ユマは魔法使いの町で三年の時を過ごした。四年目には、また赤いナイフを携えて、旅に出てしまった。空を飛んでどこか彼方へ。ふるさとを探して。


原作:しまぐらし とんがりボウシと魔法の町

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