ブロスの本棚、初回の寄稿文公開。
今月号の「TV Bros.」内の「ブロスの本棚」にて、村田沙耶香さん著「地球星人」の書評を書かせていただきました。
ありがたいことに、これで三回目の寄稿になります。是非、書評読んでいただきたいですし、地球星人はもちろん、コンビニ人間でも殺人出産でも何でも、村田作品に触れるきっかけになったらと思います。
そんなわけで、せっかくなので一年ほど前に初めてブロスに寄稿させてもらった時の書評を載せさせていただきます。note用に加筆・修正したものですが、書評に入るまでの異様な長さは当時のままです。よく怒られずに済んだと思います。寛大なテレビブロスさんに感謝です。どうぞ。
『ブロスの本棚』寄稿文
「TV Bros.で文章を書いてみませんか?」ブロス編集部から連絡をいただいた時、心が躍りました。そんな仕事をしてみたくて、大学も文章を書く学科を選び、上京。いろいろ道を曲がりまくって芸人に着地したものの、本来やりたかったことはやっぱりテンションが上がるもので、「どんな内容でしょうか?」と聞けば、「書評を!」と返ってきました。
「書、評…」
本は好きですが、書評はちょっと分不相応な気が…。率直にその気持ちを話すと、「堅くなんなくていいですよ。いっそのこと、本屋で店員さんのオススメを聞いて選んだらどうですか?書評を書くというドキュメンタリーでいきましょう!」と。なるほど、それならできそうだということで、すぐさま渋谷のジュンク堂へ向かい、40代くらいの真面目そうな男性店員さんに話しかけました。
「あの、本を探してるんですけど」
「はい、どういった本をお探しですか?」
「なにかオススメの本ありますか?」
「え…なんですか?」
不躾に聞き過ぎました。「何、コイツ」といった表情で見られてしまい、咄嗟に清水潔さんや新潮45編集部など、実際にあった事件について書かれたノンフィクションものが好みだと伝え、そのジャンルでオススメがないか聞いてみると、「それならこちらです!」と棚を移動。「今一番売れているノンフィクション」ということで勧めていただいたのが、「炎と怒り トランプ政権の内幕」というドナルド・トランプの暴露本でした。
え?完全にキャパオーバーなんですけど。トランプ政権の暴露本て。どう扱えばいいのよ。暴露本なんてダディくらいしか読んだことないし。書ける気がしません。ごめんよ、トランプ。またいつか「写真で一言」とかで会いましょう。
改めてジャンルを変え、「貴志祐介さんや中村文則さんが好きなんですけど、ミステリーだとどうですかね?」と尋ねると、店員さんは力強く「それなら」と言って、本屋大賞の棚を勧めてくれました。あ、そりゃそうか、ここ本屋だし。そもそもの愚問をぶつけてしまった後悔もありつつ、大賞発表を控えたノミネート作品を紹介してもらったところで、ここまで来たら決めてもらおうとゆだねると、店員さんは「こちらラスト一冊のサイン本なんですよ」と、本書を渡してくれました。これが、私と本書の出会いです。はい、ここまでがドキュメンタリー。ここからが書評です。
ずっしりと重たい、500ページを超えるミステリー長編。これはちょっとボリュームが…なんて思った私はクソバカでした。まず最初に、この本は間違いなくあなたの睡眠時間を奪うことになると思います、気を付けて下さい。私は見事に奪われました。山中から発見された白骨死体が抱えていた将棋の駒…本書は、事件の捜査にあたる二人の刑事と、とある天才棋士の幼少期から今に至るまでを追った、二つの軸で展開していくのですが、物語はほぼ交互に進行し、やがてその距離が近づくにつれ、ストーリー全体の加速度は増していき、気づけば一気読みさせられてしまうという推進力を持っています。将棋のマックス知識が「穴熊」な私にも分かりやすく読み進められたのは、柚月さんの文章が優しく、丁寧に読者を導いてくれるからです。
さらに本書の魅力の一つは、登場人物の温度感にあると思います。本書に登場する情に厚い優しい人も、どうしようもないクズも、皆それぞれ人間味に溢れているのです。どの人物にも魅力があり、しばらく登場していないと、「あのクズは今どこで何をやっているんだ」と思わされます。憎たらしくも、愛すべきクズというやつです。
そして最大の魅力は、「将棋の世界」です。プロ棋士がどんな姿勢で将棋盤と向き合い、対戦相手と対峙するのか、そのことを本書は丁寧に教えてくれます。テンポのいい短文の連続によって書かれた対局の場面では、その臨場感が伝わり、読んでいるだけで同じ会場で見守る将棋ファンのような心持ちにさせられます。かつて、羽生竜王が言った「対局が終わると三キロ程痩せている」という言葉も、読んだ今では「そりゃそうですよねぇ」と納得してしまうほどです。中でも私が好きだったのは、対局中、集中しきった天才棋士がいわゆる「ゾーン」に突入するシーン。将棋漫画「ハチワンダイバー」では「潜る」と表現していたこの瞬間を、本書ではどう扱うのか、是非手に取って読んでいただきたいです。
将棋の知識がなくても読める、知識があったらより面白い、「終わってくれるな」と思いながら読み切った一冊でした。本屋さんよ、ありがとう。またお邪魔します。皆様も、本選びに困ったら聞いてみてはどうでしょうか。
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