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成長と生存の戦略:PPMで考える組織と個人のスキル育成



ちょっと前に、こんな話を書いた。成長にはフィードバックが必要だ。アウトプットは人の目に触れフィードバックをもらえるけど、インプットでは誰の目にも触れない。いつまでも勉強(インプット)を続けるのではなく、背伸びして現場に出よう。

実はクラウド人材育成したいけれど資格取得の次の一歩は、という相談があってこの話は書いた。どこかでリスクに踏み込む必要があるという話だけど、組織ともなればそのマインドチェンジができる人ばかりではない。人材育成というとともすれば「全員のスキルアップ」にこだわりたくなるけれど、それが人材育成のブレーキになっても誰のためにもならない。そこでPPMを元にした私見も話させていただいた。

PPMで考える

PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)はボストン・コンサルティング・グループが1970年に提唱した経営フレームワークだ。縦軸に市場成長率、横軸に各製品(事業)のシェアをとり、自社製品をマッピングする。四章限の各領域は問題児、花形、金のなる木、負け犬と呼ばれる。問題児、花形、金のなる木の商品をバランスよく持つことで利益と投資のバランスをとりつつ、負け犬領域の商品は速やかに終息させ人材やコストをリリースする。

PPMの概要(筆者の認識に基づき作成)

PPMを念頭に置くと三つのポイントが見えてくる。

  • 個々の製品(事業)には誕生、成長、活躍、引退ライフサイクルがある。

  • 製品の品ぞろえでは、利益を生む製品と投資を必要とする製品、育てる製品と稼ぐ製品のバランスをとる。

  • 稼げなくなった製品は手放して、かけていた人材とコストを回収する。

このポイントを使って、スキルサバイバルを考え直してみる。

組織のスキルサバイバル

人材育成には人・金・時間の投資が要る。PPMで考えると、下半分の成熟事業での利益が上半分の新興事業への投資を生む。だとすれば新しいテクノロジーやスキルが必要とされ、育てられるのも新規事業領域だ。

組織が人材構成を考えるとき、クラウドやアジャイルなどの新スキル人材を育てるには、新規事業領域=育てる製品に人材候補を入れる。人と時間を投資する。でも金の投資は? 人材育成には、既存スキルで成熟領域=稼ぐ製品を支えて、利益を産む人も必要だということになる。その利益が新規事業領域=育てる製品への投資に回り、「金の投資」の部分を担うことになる。

マインドチェンジが必要だという話をしたら、人材開発担当者は「ウチにはそれは難しい人もいるから」と顔を曇らせた。でもそこは気に病まなくていい。人材育成を考えても、やっぱり「製品の品ぞろえでは、利益を生む製品と投資を必要とする製品、育てる製品と稼ぐ製品のバランスをとる」という事が必要だと思う。マインドチェンジが難しい人には積極的に成熟領域を担ってもらい、その分でマインドチェンジできる人を新事業領域に移動する。

社会の求めるスキルセットが、段階的に変化していく。組織もそれに適応するなら、自社の保有するスキルセットを段階的に変化させていく。一斉に、ではなく段階的にだから、新技術に向かう人も既存技術を深める人もいる状態でいい。ここでの人材育成戦略とは「全員スキル習得!」と号令をかけノルマを負わせることではなく、スキルを習得する人と支える人の比率や、具体的な人材配置を工夫することになる。

意識的な人材配置

意識的な人材配置ができれば、マインドチェンジが難しい人たちも人材育成の課題から武器に変わる。

例えば、インフラを主担当とする部門があるとする。おそらく担当するソフトウェアスタックには、長く花形であったサーバーOSがあり、いままさに花形となっているクラウドがあるだろう。従来からの技術であるサーバーOSはスキル保有者が多く、新しいクラウド関連のスキルは保有者を増やしていきたいところだとする。まずネット上で見つけることのできた数字で、PPMを書いてみた。

いまの売上や利益を主眼に考えるなら、最初に考えるのはLinuxスキルが強い人材をLinux領域に振り向けることで、ボリューム的にもここに人的リソースを集中させる。

そうではなく人材育成とPPM上のバランスを主眼に考えるなら、まず背伸びマインド人材をクラウド領域に振り向ける。そうした人材はしばしば別領域のエース級で、Linux領域からエースを引き抜くことになるかもしれない。その穴は、背伸びに向かない堅実マインド人材を別領域からコンバートして埋める。同時にその領域のスキルを深めて、より少人数で事業を回せるように成長してもらう。

個人のスキルサバイバル

ただこの話をしていたら「背伸びしなくても既存領域事業で役立ち続けられるのは嬉しい」というコメントがあった。組織の視点ではそうなのだけど、個人のサバイバル視点では危うい。健全にPPMを保つうえでは「稼げなくなった製品は手放して、かけていた人材とコストを回収する」からだ。

PPMの考え方で言えば、負け犬領域の製品は、いずれにせよどこかのタイミングで手放す。市場が縮小していく(市場成長率が低い)のだから、どんなにシェアを伸ばしても「花形」や「金の生る木」に返り咲く可能性は薄い。でも組織がこの製品を手放したとき、そこにスキルを全振りしていた人は、以降の事業品揃えと自分のスキルセットに接点がなくなってしまう可能性がある。その時「事業と一緒に手放されるのでは」という想像は、ちょっと楽しくない。

働きながらスキルセットを見直していくリスキリングか、働く手を止めてスキルセットの刷新を図る学び直し(リカレント)か。リスキリングであれば、いまのメインスキルと、一緒に発揮できるサブスキルという組合せで構成できると、働きながらスキルを高められるだけでなく、いまの仕事に相乗効果をが利いてきて成果も出しやすくなる。

リスキリングの機会を見送り続けると学び直しになるけど、企業の取組としても奨められているサバティカル休暇や留学のような計画的な学び直しと違って、異動先がなくての学び直しは自助努力となりかねない。

終わりに

新しいスキルを習得には、以前に書いたように不安を乗り越えて実務に手を出す背伸びマインドが必要になる。そして誰もが背伸びマインドを持てるわけじゃない。ただ組織の観点で人材育成を考えるには、これは問題にならない。PPMのような古典的なフレームワーク(経営論)で考えても、一方で新しいスキル人材を育てるには、他方でそのための投資の原資を稼ぐ既存領域事業、それを担うスキル人材が必要だからだ。両者のバランス、そして配置の工夫を考えていけばいい。

ただ個人の観点では、既存領域事業は「いつか手放される事業」だというのを意識して、その時に一緒に自分も手放されれないようにスキルセットをどこかで見直していきたい。そのタイミングは働きながらのリスキリング、実務に就いて仕事の中でスキルを身につけていく方が、仕事がない状態でスキルの刷新を急がされ、自助努力の性格も強くなる学び直し(リカレント)よりも、個人的にはずっとおススメできる。

もっとも、四六時中新しいスキルに手を出していては、今度はスキルを深める時期をなくすことになる。だからどこで背伸びマインドを発揮するかは考えどころだけど、たぶん既に持っているスキルと組み合わせて発揮できるものの時がいい。シナジーで早くから成果を上げられる(スキルの掛け算とかΠ型人材という考え方だ)。その意味では、クラウドはわりといろんなスキルと一緒に活用できるので、背伸びのしどころとして絶好だと思う。

参考

プロダクトポートフォリオマネジメントについて。

リスキリング、学び直し(リカレント)について。

Π型人材とスキルの掛け算について。

「IaaS/PaaS市場のPPM」「サーバーOS市場のPPM」で使用した数値出典。

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