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拝啓 楽毅様 ~主観のみで書いたラブレター

今からおよそ2300年前の中国で貴方は生まれました。
日本でいえば弥生時代でしょうか。
春秋戦国時代という群雄割拠の、まさに国も人も思想も入り乱れた、そんな時代の中に貴方は生まれました。


前半生はあまり定かではないとのことですが、のちの貴方を見てると、厳しくも温かい人達の中で勉学に励み、武芸をされてたんではないかと思います。


貴方は、当時中国でも小さな、そして色んな国と国境を接している中山という国で育ち、その国は隣の趙という国に滅ぼされてしまいました。
国を失った貴方は、魏に仕えるようになり、次に遠く北東の国の燕に仕えるようになりました。


この、育った故郷を無くした事が、貴方の頭の中を自由にしたのでしょうか?
それとも、持って生まれた性質だったのでしょうか?

どちらにしても、貴方が依るのは国でも土地でも思想でもなく、人、だったように感じます。


実際貴方が尽くした燕の昭王も、
貴方を尊重してくれましたよね。
貴方の仕事がしやすいような環境を作ってくれてましたよね。
貴方が伸び伸びと自由に仕事をすることが、燕に利をもたらす事だと分かっていても、権力者というものはそれを許すことが中々出来ないものではないでしょうか。

燕の昭王は、とても信念の強い人でした。
南で国境を接する大国の斉という国にお父さんを殺され、国も民も蹂躙されました。
自分が王になってからは、富国に努め賢者の意見を聴き、機会をずっと伺っていたのです。
北辺の、中国の中心から離れた燕が、勢い盛んな大国斉に復讐するという途方もない思いを胸に秘めながら。  
その思いがあったからこそ、目先の事象やプライドに囚われる事がなかったのでしょう。


貴方は、信念を持つ人を愛し、守りたかったんではないでしょうか。
自身も信念をもつ一人の人間として。
そしてそれは、
「美学を持って、生きる」
という信念ではなかったでしょうか。


とうとう貴方が斉に反旗を翻し、五カ国の連合軍総帥となって斉を攻め、
斉にあった72の城のうち、70をたった5年ほどで落城させたとき。
そこに至るまでの手際も当時の人がアッと驚くほど鮮やかなもので、貴方は名将の名を欲しいままにしたけれど、
それよりも私は、2城落とせなかったことがとても印象的でした。


落とせなかったんでしょうか。
私は、
落とさなかった
そう、思いたいのです。

貴方の信念が、「美学を持って、生きる」だとするならば、2城残したことも、この後のことも、全て線となって繋がるのです。


貴方の悲劇は、最大の理解者であった昭王が亡くなってしまったことでした。
次王は貴方に対し、恐怖や嫉妬を感じていたのでしょうか、貴方の軍権を取り上げ、燕に戻るよう命令を出しましたね。
帰国すればどうなるか、そんなことは誰にでも分かることです。

貴方は軍権は渡しましたが、
燕には戻らず、趙に亡命しました。


私はこの行動こそが
「美学を持って生きる」
ではなく、
「美学を持って、生きる」
その言葉の凄みを表現してると思うのです。

斉の72城の内、2城は、亡国の民の心情が分かる貴方だからこそ、力攻めではなく徳で開城させたかった。
次王の命令に従い帰国し、覚えのない罪を着せられ自死を賜わう、それを分かってながら帰国することは忠義でもなんでもない。

美学を持つということは、時には精神を頑なにしてしまいます。
生きるということは、世の中を渡り歩く柔軟性を必要とします。
この、相反する観念を持ち合わせ、実行することがどれだけ難しいことか。
でも、私の目には、貴方がそれをやり切ったように映ってるのです。


貴方が亡くなってから暫くして秦が中華を統一しました。
その秦も滅んで、劉邦という人物が漢という国を建てました。
漢も滅んで中華はまた群雄割拠の時代になり、三国時代と呼ばれる時代が来ます。その時代の英雄の一人に諸葛亮孔明がいます。


先の劉邦も、諸葛亮孔明も、貴方の事を尊敬していたそうですよ。


三国時代に、一時貴方の評価が下がったことがあります。意味がわからないですね。
私と同じように思ったと思われる夏侯玄という人が、「楽毅論」を書いて貴方を擁護しました。
それを書聖である王羲之が書いたことで、
貴方が生きてた時代からおよそ1000年後の、日本の聖武天皇の妃・光明皇后が臨書をしたものが、今でも国宝として我が国で保管されています。


本当に壮大なストーリーですね!
貴方が「美学を持って、生き」たからこそ、今日まで紡がれてきたストーリーだと感じます。


貴方に触れたいと思った時には
私も楽毅論を臨書しようと思います。

名残惜しいですが今日はこの辺で。
またいつかお会いできればと存じます。

                                                       敬具




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