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【短編小説】 『恥』②

言葉の通じない学校生活は惨めなものだった。

愛想笑いをするしかない自分が情けなかった。
わからないならわからないと言えばいいのに、ついわかるふりをしてしまう。
そんな嘘をつき続けてしまう。

それでも僕が学校に行き続けたのは、部屋から出られない日々に、もう戻りたくなかったからだろう。
目に見えない恥よりも、はっきりとした恥を選んだのだ。

そして何より、僕より「はみだし」ているやつが何人かいたのだ。
あの絵を描いていた女の子もそうだ。
ふらっと立ち上がったかと思うと、外に出ていってしまう。
みんなもそれを面白がっていた。

僕は話せなかったけれど、その分よく聞いた。よく見た。
見ていれば見ているほど、教室の中は自由だった。
みんな好き勝手している。
お互いのことを気にしているようで気にしていない。
きっと僕のことも、そんなに気にしていないのだろう。

先生はとにかく褒める人だった。
何を褒めているかはわからないが、なにか一つ、褒めるポイントを見つけては褒めた。
僕のところに来て、一生懸命に話しかけるが、僕は何を言っているのかわからないので狼狽えていると、僕の靴を指差して「I like your shoes!」と言った。
わざとらしいほどの褒め方に、みんなは困ったように嬉しそうだった。

ディスカッションが始まった時、
それは授業だった。
アメリカの独立宣言についてのディスカッションで、電子辞書で調べながら、なんとかついていっていた。
「What “freedom” mean?」
気がついたら言葉が出ていた。
「Hey, “freedom” means “freedom”, man! What are you asking?hahahaha」
さっきまでで一番しゃべっていたやつが、いじわるそうに言った時、みんなが笑った。
とっても恥ずかしかった。

「どういう意味で”freedom”という言葉を使っているの?」と聞きたかったのに、
ただ”freedom”という単語の意味がわからないやつという扱いを受けたのだ。
クスクスと続くみんなの笑いにいたたまれなくなった。
訂正しようと思ってもなんて言えばいいかわからない。
そこにいるしかなかった。
愛想笑いだけはしなかった。

授業が終わった後、一人の女の子が近づいてきて言った。
ディスカッションでもよく話している子だ。
僕のためにゆっくり話してくれた。
「今日はなんだかすっごくいいディスカッションができたと思うの。
 それで、なんでか考えたの。
 それでわたし思ったの。あなたの質問が良かったんじゃないかしら。
 あの質問のおかげでみんなリラックスしたんじゃないかしら。
 どんな簡単な質問をしてもいいって、どんな意見を言ってもいいって、そう思ったんじゃないかしら」
そう言ってニコッと笑った。丸メガネの奥の青い目がよく透き通っていた。

放課後に英語のプライベートレッスンがある。
他の国から来た子のために用意されているのだ。
先生が言った。
「わたし思うの。
 恥ずかしい思いって、誰かの役に立っている時があるって。
 みんなが隠してる恥ずかしいところを代わりに背負っているんじゃないかって」

クラスの底の、底の方からみんなの役に立ってたかもしれないなんて。
スクールバスまでの道のりを、できる限りゆっくり歩いた。

夕日の中にヤシの木が立っている。
僕も真っ直ぐに立って、バスを待った。

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