【短編小説】 『学歴格差』
「久しぶりやなぁ」
「うん」
「中学ん時以来やから15年ぶりか」
「お〜、そんな経つんかぁ」
「30歳で同窓会なんか、なんや不思議な感じするのお」
「ほんまやでなぁ。年取ってもうたなぁ」
「塚本、お前今何してんねん」
「自動車メーカーで働いてるよ」
「へー! すごいやんけ! 何作ってんねん」
「、、、レバーや」
「レバー?」
「ハンドルの横にあるレバーあるやろ。あれの設計や」
「え? あれのどこを設計するん?」
「それはお前、握りやすさとかやんか。入社してから5年、ずっとその設計や」
「ハハハ。そうか。そうか。でもすごいやんけ、自動車の部品作ってんねんから。
お前、いっつも成績良かったもんなぁ。高校もええとこ行っとったし」
「いや、まあね、、、。
院を卒業して苦労して入った夢やった自動車業界やけど、栃木の山奥で、彼女もできん。
地味な研究者やわ、、、。
ほな、みっちゃんは何してんの?」
みっちゃんはクラスで一番のアホやった。
田舎のヤンキーだったみっちゃんはいつもビシッと決めていたリーゼントも今や見る影もなくボサボサで、無精髭を生やし、まるで山奥で暮らしているような風貌だった。
実はタバコを吸っていたことと、高校には行かなかったことを、大学生になってから聞いて驚いた。
「漁師」
「漁師?」
「中学卒業して、ふらふらしとったら、漁師のおっちゃんと仲良くなって、そっから弟子入りしたんや」
「え、、、漁師のおっちゃん?」
「ああ、そや。おれ、昔から釣り好きやってん。
今は自分の船もある。嫁も子どももおるんやで」
「まじか、、、。すげぇな、、、」
「ハハハ、塚本、お前どんな顔しとんねん!
いや、大変やで? 子育て、金かかるしなぁ!」
「そうか、、、」
「じゃあ、コウキよ。お前はどやねん?」
コウキもあの頃、ヤンキー側の人間だった。
みっちゃんたちと仲良いグループで、やっぱりアホやった。
いっつも授業で最初にふざけるのはコイツだった。
僕はコイツのボケが好きだった。
中学の時は丸坊主で野球部。
高校推薦に賭けていたけど、怪我で断念し、どこの高校にも行けなかったのだ。
「俺は牧場や」
「ぼ、牧場?」
「そうや。高校行けへんかったからな、行きたくもなかったけど、もうええわってなって、ファームステイっていう住み込みで働くやつに行ったんや。
そこが結局気に入って正社員にしてもらうまでずっとおって、今は牧場丸ごともろたんや。
そこの娘さんと結婚して、今子供2人居る」
「え、け、結婚も?牧場??」
「大変やけどな。食うもんには困らんし、意外と休みも取れるんやで。
牧場ヘルパーさんとかいろんな制度があってな。今は牧場も進んどるんや。
乳搾りも自動化して、作業効率を上げてな。少ない人出で利益を出す方法もどんどん生み出されとる」
「じ、自動化? なんや経営者なんやな、、、」
「いや、塚本よ、そらそやろ、ハハハ」
「、、、」
「カツはまだあそこの店やっとんか?」
「え、カツもなんかやってんの??」
カツとは幼馴染だ。
小学校から一緒で、同じ少年野球にいた。
要領がよく、運動神経も抜群で、発想が面白いやつだった。
見ているだけでワクワクした。
でも中学の途中でいなくなるのだ。
結局、卒業式の日に、卒業証書だけもらいに学校に来た。
「じゃ」とだけ言って去っていったのを、今でも覚えている。
「俺はバーやな。
店3つやっとる」
「み、みっつ?」
「中学卒業してからすぐにバーテンダーで年ごまかして働いとって、5年ぐらいで店任してもらうことになったんや。
今は関西の中で3店舗経営しとる」
「そ、卒業してから?
カツ、あのとき中学の途中でおらんくなったやんか。
そんときからちゃうんか?」
「あー、よう覚えとるな。
おれ、バンドやっとってん。
それでデビューの話が来て、中学に行けんくなってん。
結局2枚ぐらいCD出しても全然売れへんくて、バイト始めなってなったのが卒業ぐらいやねんな」
「そ、そうか、、、」
「いや、ほんま大変やで。
店任してるやつの教育せなあかんからな。
帳簿も一括管理せなあかんし」
「、、、結婚は?」
「いや、してないけど」
「おお、そうか!」
「ただ今、一緒に住んでる彼女にせがまれとんねん。
どうしよかおもて悩み中や」
「、、、じゃぁ、ニッシー! お前はどや?
お前1番アホやったもんなぁ」
ニッシーはほんまにアホやったんや。
ヤンキーでもない、学校に来ないわけでもない、なのにアホやった。
いじられキャラで、みんな好きやったけど、勉強に関してはからっきしやった。
僕が高校受験の時に、図書館でワンピースを読んでいたのを覚えている。
「おれは今みかん農家やで。
みかんの農場を持っとる。
農家の家に婿入りしたんや。
子どももおるで」
「え、そうなん?」
「そや! だから名字変わってる。まあ、ニッシーでええけどな」
「どんぐらいの広さの農場なん?」
「あー、おれらの中学3個分ぐらいかなぁ」
「3個、、、」
「じ、じゃあ、こっちゃん。こっちゃんは?」
六人席の一番隅に座っていたこっちゃんを見た。
こっちゃんはクラスで一番のイケメンだった。
隣町の中学にファンクラブができるぐらいだ。
でも一緒にアホなことをいっぱいした。
女子のことは全部、こっちゃんに相談するのが習わしだった。
そんなこっちゃんもアホで、高校には行かず、ビッグになると言って上京して以来会うことはなかった。
「おれは沖縄や」
「お、沖縄? 東京じゃなかったん?」
「あほ、こいつ、人間国宝の弟子やぞ」
コウキがニシシと笑う。
「ハハハ、すごいのは師匠やけどな」
「ど、どういうこと?」
「東京でジャズが好きになって、沖縄に行ったんや。
米兵たちが集まるバーがジャズの聖地みたいになっとって、そこにアポ無しで転がり込んで、ドラムを覚えて叩いとってん。
けど、そこにお客さんで来てた師匠に惚れ込んで、7年前に弟子入りした。
今はもう一人でも作品作れるんや。ほれ、これや」
ゴロリ、と差し出した茶碗は、深みのある黒で、光沢があった。
「今度、アメリカの美術館に、師匠の作品と一緒に飾られるんや」
その夜は実家に泊まった。
久しぶりに会った親とろくに喋ることもせず、寝た。