見出し画像

【短編小説】 『恥』 最終話

旅の終わりは突然だった。

アメリカに来て、一年が経とうとしていた。
お父さんが急に、
「日本に帰ることになってもいいか?」
と言った。

初めから一年間の会社のプログラムだったらしい。
でも僕のために、僕が元気になるんだったらそのままアメリカに残ることも考えていたという。
そうか、僕のために、、、。僕のために今まで考えてくれていたんだ。

日本に帰ることは怖かった。
元の小学校も怖いが、あの目に見えない息苦しさの中に入っていくことを思うと、なんだか視界が暗くなった。
でも僕のために、お父さんが大変な思いをするのも嫌だった。
それは申し訳なさと、ここまで連れてきてくれたことへの感謝だった。

「う、うん、、、」
歯切れの悪い返事をすると、
「まだ日はあるから、よく考えて。
 ホームステイという道もある。
 お前の仲の良いあの女の子の家とかなぁ」

な、なるほど!それはいい!
と、一瞬目を光らせたが、なんだか心に引っかかるものがあって、もうしばらく考えることにした。

次の日曜日はイースターだった。
その丸メガネの子の家族から教会に誘われた。

教会に入るのは初めてだった。
日本で行ってた小学校ぐらいの大きさだった。
人もそれぐらいいた。
驚いた、、、。

太陽の光がよく入る礼拝堂に千人もの人が入り、そして静かだった。

オルガンの前奏が響く。
日本でも聞いたことのある『Amazing grace』という讃美歌だった。
今は歌詞がわかる。

「私は迷子だった。しかし今は見つけられた。
 私は目が見えなかった。しかし今は見える」

「あなたのくれたものは恐れを消した」

「その恵みは私たちを家へと導く」

言葉はスルッと心に入る。
そして聞いたことのないサビになった。
後ろから千人の大合唱が聞こえる。

「鎖は解かれた!」

風がブワッと吹いた気がした。

思わず足の力が抜けて、ストンと席に座ってしまった。

そして牧師の話が、
「偶然なんてないのです」
から始まった。

「偶然なんてないのです。
 無駄なことなどないのです。
 虚しさを主は打ち砕かれた。
 復活の希望がここにある。
 これまで死んでいたあなたは、
 今ここに生きている。
 強くあれ、雄々しくあれ。
 主があなたと共におられる。
 神のなさることはすべて、時にかなって美しい。
 死は勝利に飲み込まれた。
 死よ、お前の棘はどこにあるのか。
 兄弟たち、喜ぼうではないか。
 主の目にあなたは高価で尊い。
 神は我らを愛している。
 その一人子をお与えになるほどに。
 世界の基が据えられる前から、愛されていたあなたは、
 そのゆくところどこにおいても、主が祝福の源とする」

その話の後はパーティがあった。
豪華なご飯とカラフルなお菓子が大量に並べられていた。
僕は腹がはち切れるぐらい食べた。
腹いっぱい食べて、そして満足した。

「お父さん、日本に帰っても良いよ」
帰り道に車の後ろの席から呟いた。
「え!ほんとか?」
「うん。また来たいけどね」
「そ、そうか!よし。また来ような!」

別れは想像以上に辛かった。
それは想像以上に友となっていたということで、嬉しかった。
SNSを始めて、しっかりと繋がった後で、全員とハグをして別れを告げた。

一年ぶりの日本は、醤油の匂いがした。
成田空港の吉野家のせいかもしれない。

成田空港の天井が高いせいかもしれないが、思っていたより息苦しくはなかった。

荷物が出てくるまで時間があったので、
僕はその場に座って絵を描いていた。

いいなと思ったら応援しよう!