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『公園物語』 その11

夏を乗り越えて過ごしやすい秋になった。

その頃、僕は長年の夢だった、油絵を始めた。

夏休みの前あたりの僕の誕生日に、母が油絵セットを買ってくれた。
30歳の誕生日である。妻は驚いていた。
まあくれるというのだから、ありがたい。

気温が下がって、蚊がいなくなった頃、
「そうだ、公園で描こう」
と、また閃いてしまった。

馬鹿でかいキャンバスに、油絵を描くのが夢だったんだ。

馬鹿でかいとは言えないけど、大きなキャンバスを買ってくれた母に、
30歳ながら感謝である。

十字架を担いでゴルゴダの丘に登ったキリストのように、とは言えないが、
キャンバスを担いで公園へ。

草の上にイーゼルを置き、キャンバスを立てかけ、地面に絵の具を散らばらせる。
「もう、ゴッホやん、、、」
まあまあ大きめの声で呟いてしまった。
誰も周りにいないことを確かめて、自分が嬉しいんだと言うことも確かめて、絵の構想を練る。

会社を辞めてしばらくしてから、
絵を描きたい気持ちが湧き上がってきた。
暇が心を育ててる。

前から絵は好きだけど、ノートの端っこに描くぐらいだった。
でももっと本格的に描きたいと思ったのだ。
そんな頃に描き心地のいいボールペンを手に入れて、
小さい紙に大量に描き始めたのである。

恥ずかしさを感じたのは最初だけで、
むしろこの恥ずかしさこそが愛なのだと、
なにか悟りのようなものを得て描きまくった。
妻にも見せた。たくさん褒めてくれた。

描けば描くほど抽象的になった。
その中で描いた「祈り」という絵が、ずっと心に残っていた。

その絵を油絵で、改めて描くことにした。


どかっと地べたに座って描き始める。油絵はその場で重ね塗りができない。
乾くまで長くて二週間待つ必要がある。

この日は背景の黒しか塗れない。

ゆったりとした時間の中で、ただひたすらに黒を塗る。
誰もいない公園。風が気持ちいい。

しばらくすると下校中の小学生が集まってくる。
「よー! なにしとんー!?」
「また、変なことしてるやーん!」
「絵、描いてるんー? なにこれー?」
嬉しい。

彼らと会話しながら描き進めていく。
これはいい。
彼らにも自分にも、この空間にも、めちゃくちゃ良い何かが流れていっている気がする。

集まっては、少し会話をして離れていく小学生がほどんどだった。
しかし何人かは、僕の隣に残って、この時間を共に楽しんでいた。
素晴らしい。


背景を塗り終えた。
絵は木の下に置いて、小学生たちと遊ぶことにした。

日が暮れるのが早くなった。


二週間後、絵の具が乾いたキャンバスを持って、再び公園へ。

今度はメインの絵を描いていく。
下書きはなし。
一発勝負。

まわりに誰もいないことを確認し、大胆に絵の具を乗せていく。

背景と違い、描き上がるまで一瞬だった。

そして再び、小学生たちが集まってくる。
この日は画用紙と余分に筆を持ってきていた。

「好きに描いて良いよ」
と、言って手渡す。

再び、ゆったりとした時間を彼らと共有することができた。
やはりこれはいい。。。

そして彼らの描く絵がめちゃくちゃ良かった。
僕にはない自由が、そこにあった。

何かが見えた気がした。

僕の絵は完成した。

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