クロゴマルコとシロゴマルコ(第3話)
2022年7月。
「もう1件行きませんか?」
チーズマルコの製造元、西村社長がおっしゃいました。
大阪本町の焼鳥てんてんさんを後にして、
僕は心斎橋の「オールドコース」というバーをご提案しました。
西村社長は
「ぜひ、連れて行ってください。」
笑顔で応えてくださいました。
1年半前のことです。
「お店でチャームとして使わせてください。」
オールドコースのマスター安岡さんは、
チーズマルコを一口食べると、静かに、
そして、はっきりと言いました。
「更に小袋にしてもらえるなら、とても使いやすいです。」
すでにお客様に出すイメージまで、頭の中で描いてくれていました。
「本当にいいんですか?」
まだ、チーズマルコが出来上がったばかりの頃でした。
通っているお店の方々ににご試食いただき、
感想を聞いて回っていました。
マスターは、深くうなずき、言いました。
「この適度な固さと塩気が、お酒に合うと思います。」
Barでチャームとして扱っていただける。
それは、僕が一番うれしいことでした。
自分の好きなお店で、自分が大好きなおつまみでお酒をいただける。
そんな夢のようなことが叶った瞬間でした。
僕はマスターがいてくれてよかった。と心から思いました。
多くを語らずとも寛容に決めてくださった安岡マスターにも
生みの親、西村社長をご紹介したい。そんな想いでした。
「マスター、西村社長です。」
L字のカウンターの奥に腰掛け、ご紹介しました。
「お会いできて、光栄です。」
西村社長は、ウィスキーをロックで、
僕は水割りをオーダーしました。
「お酒、お強いんですね。」
「昔から、飲むのが好きなんです。」
意外でした。かなりの酒豪でもありました。
「辻さんは、チーズがお好きなんですか?
他のおせんべいで、何か興味のある味があれば
おっしゃってくださいね。がんばって作りますから。」
驚きました。
これまで、色んな味のおせんべいを試行錯誤を繰り返し、
作り続けてこられたとのことでした。
ベースを決め、味を混ぜ込み、揚げ、焼きを加える。
工程なども教えていただきました。
「以前、ミックスの中にあったゴマ味が美味しいと思いました。」
僕は正直に答えました。
「あぁ!家内もゴマが好きなんです。そうですか。
それは、とてもうれしいです!」
そして、少し真剣な表情になり、
「実は、あれは白ゴマを使っているのですが、
黒ゴマを使うと、より一層、香ばしさが出るんです。
今は、ミックスに入れているため、色移りしないように
白ゴマにしましたが、以前は黒ゴマもあったんです。」
「黒ゴマ、ぜひ食べてみたいです!」
僕は間髪いれずに言いました。
そして、真剣に西村社長の目を見つめました。
ロックグラスをジッと見つめる社長の眼光が
鋭くなりました。やがて、優しい目に戻ると
「辻さんのご要望なら、承知しました。
久しぶりに黒ゴマを作ってみます。
来月には復刻版を作り、郵送しますね。」
僕は、感激しました。
うれしさが最高点に達しました。
わざわざ黒ゴマ味を復活いただき、
食べさせていただけることができるなんて!
うれしくてうれしくて、叫びそうになりました。
その時でした。
マスターがスッと水を差し出してくれました。
僕はハッと我に返り、叫び声を抑えることができました。
どんな状況でも静かに見守ってくれているのです。
僕はマスターがいてくれてよかった。と心から思いました。
(つづく)