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引っ越しは、知恵と機転と経験がつまったクリエイティブな仕事でした。
吉祥寺は、地元・千葉市稲毛の次に長く住んだ街になりました。ぼくは社会人2年目からひとり暮らしをはじめて、新高円寺に2年、西荻窪に2年、吉祥寺に5年と、どんどん東京の中央線沿線の奥のほうへと引っ越してきました。西荻窪に住んでいたときも住所はギリギリ武蔵野市だったので、武蔵野市民歴は7年になります。
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吉祥寺には結婚(と契約更新)を機に引っ越しました。でもべつにぼくは吉祥寺に住みたかったわけじゃありません。それまで住んでいた西荻窪がすごく好きで、そのまま西荻窪でちがう物件を探していたけど、ぜんぜんなかった。いや、物件はたくさんあるんだけど、「ペット可」の物件がぜんぜんないんです。引っ越したら猫を飼うことを決めていたから「ペット可」が最重要条件だったのですね。結局、不動産屋さんが紹介してくれてたどり着いたのが吉祥寺の物件でした。
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ペット可に加えて、メゾネット、角部屋、広さも2人で済むならじゅうぶん。駅から徒歩14分とやや遠いけど、ぼくは歩くが好きなのでぜんぜん平気。家の裏には木がわさわさ生えていていい感じ。外観はやや(なかなか?)個性的です。この物件に決めました。こうして吉祥寺での生活がはじまりました。
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2024年7月、5年住んだ吉祥寺の家を引っ越しました。4度目の引越しです。
1度目の引っ越しはヤマトの一人暮らし引っ越しパックみたいなサービスで荷物を運んでもらいました。荷物が少なかったんですね。2度目の引っ越しはじぶんでハイエースを借りて、高校の友達と2人で深夜までかかってなんとか完了。3度目もハイエースで引越し。会社の後輩2人となかなか強めの雨の中、西荻窪と吉祥寺を何度往復したことか。雨でびしょびしょになってしまった後輩2人にはユニクロで無地の白いTシャツを買って渡して、一緒に銭湯に行って、焼き鳥屋でご馳走しました。
引っ越しはなんだかんだ楽しくはあるけど、かなり重労働ですよね。ちなみに、3度目の引っ越しを手伝ってくれた後輩の引っ越しをぼくは2度手伝っていて、ハイエースの運転手として活躍しました。持ちつ持たれつなのです。
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今回の4度目の引っ越しはぼくだけじゃなく、妻の荷物もあるし家具もだいぶ増えたので、はじめて大手の引っ越し会社を利用することにしました。さすがにもうハイエースで引っ越しはむずかしい。
引っ越しの当日までに荷物を完璧に梱包していた、なんてことはこれまで一度もありません。引っ越し当日にぼくの部屋を見た後輩に「ぜんぜん終わってないじゃないですか!」と叱られるようなありさま。でも今回は引っ越し会社に頼んでいるからこれまでみたいなギリギリの準備ではダメです。気合いを入れて準備を進めて、じぶんでじぶんを褒めたくなるくらい余裕を持って梱包を終えました(妻はもっとはやくに梱包を終えていました)。
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引っ越し会社の人たちは3人組でした。1人はぼくと同い年くらいの社員の人、あとの2人がおそらくアルバイトの若者(1人は経験者、もう1人はまだ経験浅いかなという感じ)。引っ越しの会社を使ったのがはじめてだから他に比べようがないんですけど、その社員の男性が有能すぎるんです。
1階から2階まで一通りの荷物の量や形状を確認したあと、アルバイトの若者たちに指示をしながらダンボールを運んでいく。その指示は、けっして高圧的ではないし、Z世代への変な配慮みたいな感じもない。ぼくや妻に対しても丁寧ですがへりくだりすぎるようなことがない、とても適切な応対でした。
体力もすごい。中身がぜんぶ本、みたいな激重ダンボールもすいすい運んでいく(梱包に配慮がなさすぎる…)。しかもふたつ一気に運んでいくんですよ。腰を悪くしたりしないんだろうか。部屋を埋め尽くしていたもりもりのダンボールがどんどん運び出されていきます。嘘みたいなスピード。高校時代に友達の家に泊まりに行ったときの友達のお母さんの気持ちがわかったような気がしました。息子の野球部の友達3人が泊まりに来たので、これでどうだと出しためちゃくちゃ大盛りの渾身のソース焼きそばが、台所でちょっと作業をしているうちになくなっていたのを見たときの友達のお母さんの気持ちはこんな感じだったんだろうかと。
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機転もめちゃくちゃ効いてた。対応は臨機応変そのものです。ダンボールは物を詰めるだけではなくて、器用に折りたたんだり、切ったりしながら、従来の直方体ではない、もっと長細い直方体や三角柱にして、緩衝材にしたりする。背の高い観葉植物などの密閉できない荷物も、みごとなダンボール使いでぼくの陳腐な梱包を補強していくのです。
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その社員の男性の工夫はとどまることを知らない。タンスや棚などを運ぶときにキズ防止のためにかぶせるゴムが縫い込まれている伸縮性のある布があるんです。それをかぶせるだけではなくて、床に置いて重い物を滑らせながら運ぶみたいなことにも活用していました。会社のマニュアルや、先輩から脈々と受け継がれてきた技術も含まれているとは思いますが、その社員の男性はその技術を完全にじぶんのものにしている感じがしました。まさに息をするようにたんたんを作業を進めていきます。
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ぼくと妻はそんな動きに驚くやら、感心するやら。「これって、ただ終わるの待ってるだけでいいのか?」そんな疑問が浮かび、「おれたちも運ばなきゃ!」みたいな使命感が生まれ、「いや、でもうろちょろしてたら仕事の邪魔になるだけだ」と思い直す。適度な荷物の移動をするのみにとどめ、引っ越し会社の方々のささやかなサポートに徹しました。
途中で雨も降ってきました。気温は40度近い。それでこの仕事ぶり。いやあすごいわ。ペットボトルのお茶をあらかじめ買って渡しておいたけどそんなんじゃ見合わない。パピコを途中で人数分買い足しました。あっというまに荷物を積み終わり、引越し先へ移動。
この引っ越しの最大の難関は大きい3つの本棚の搬入でした。解体できずにそのまま運ばなければならなかった本棚は、2階に上がる階段の踊り場でどうしても引っかかってしまう。やばい、やばいやばい。搬入できませんって言われるかも。その場合どうなるんだ……? とあわあわするぼく。でも社員の男性はまったく怯みません。え、こんなやり方ありかよ!!! みたいな方法で、ほぼ難なく搬入してしまいました。そのようすにぼくと妻はもう完全に信頼のまなざしを送っていました。
引っ越し完了後、社員の男性に「これ僕たちにとってすごく大事なんですよ」と笑顔でアンケートをお願いされました。その引っ越し会社の決まりのようで「対応は適切だったか」とか「また依頼したいと思うか」みたいな項目が並んでいます。きっとこれが社内での評価に関わってくるのでしょう。もちろん文句なし、最大限の評価をつけました。「これ僕達にとってすごく大事なんですよ」と正直に伝えてくる感じもまたよかったし。次に引っ越しするときもぼくは同じ会社をきっと使います。
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引越しは体力がないとできない肉体的にハードな仕事だと思います。でも体力だけじゃぜんぜんなかった。引越しは、知恵と機転と経験がつまったとてもクリエイティブな仕事だった。その鮮やかすぎる手捌きと身のこなしを思い出して、ぼくはダンボールがたくさん積まれた新居の中で感動の余韻に浸っていました。「感動」とは便利な言葉で、なにかにつけて使ってしまうけど、そんな安い感動じゃない。この感動はほんとうの感動でした。