「痛いとこ突かれた」的なくやしさ 【1000字と1枚】
「辻くんは元気が取り柄じゃん」
ひさしぶりに会ったぜんぜんちがう部署のエラい人に言われました。トイレの中で横並びになりながら。ぼくは「そうですかねえ」とへらへら返事をして、手を洗って自分の席に戻りました。
スリープ状態のパソコンにパスワードを入れていると、さっきトイレで会ったエラい人の顔が、頭に浮かんできました。頭の中でエラい人はこっちを向いてにこにこしながら
「辻くんは元気が取り柄じゃん」
と言っていました。
なんだろう。なんだか、ちょっと嫌かもしれない。「取り柄」って「それだけしかない」みたいなニュアンスがないだろうか。じぶんで謙遜して「笑顔が取り柄なんです」みたいな使い方をすることが多い気がするけど。
いや、でも、そのエラい人から悪気はぜんぜん感じられなかった。他意はきっとない。トム・クルーズみたいなさわやかな笑顔だったし(実際に顔が似てる)。でもやっぱり「取り柄」にはネガティブな印象があるかもなあ。気になってしょうがないので普段こんなことしないけど取り柄の意味を調べました。
「とりたててよいところ」なのかよ。単純に長所ってことだ。すごくいい意味じゃないか。ぼくが勘違いしてただけだ。まじでごめんなさいトイレでひさしぶりに会ったぜんぜん違う部署のエラい人。とはいえ、このもやもや感はしばらく消えませんでした。
冷静になってこの元気が取り柄事件を考えてみると、ぼくがちょっと嫌な気持ちになったのは、じぶんに「元気だけしかない」ということを気にしていたからかもしれません。痛いとこ突かれた的なくやしさを勝手に感じていたんだと思います。
いまでこそ、いわゆる「元気!」な一面は少しずつ薄まってきていると思うけど、そのエラい人と接点があったのはぼくが新人のころ。当時はたしかに「ぼく元気です!」みたいな感じでやってました。そういうイメージがその人の中には残っていたんでしょう。
ぼくは9月に35歳になりました。入社して11年目です。若手のつもりでいたけど、後輩はどんどんはいってくるし、その後輩に仕事を教えるみたいな役目もちらほらある。求められることも増えました。世間からの見られ方も少なくともきっと「若手」でも「新人編集者」でもない。
そんな中でいま、「元気だけが取り柄」だとしたらけっこうつらい。でも「元気が取り柄」なら悪くはない。というか誰かから長所を伝えてもらえるって、なかなかすてきなことじゃないか。
勘違いして申し訳なかったなあと、またエラい人のことを思い浮かべていたら、そのエラい人はぼくの頭の中で「ぜんぜん気にしてないよ」とトム・クルーズの笑顔で言っていました。
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