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chapter7. 恋の証明
かたちなきもののかたちを遺すにはどうしたらいいのだろう。
もっとも、最初は『遺す』なんて意味はなかったのだけど。
初めは中学2年生の時だった、同じクラスの、気さくな男の子。
理科の実験で使った道具を洗ってハンカチで手を拭いていたら
「ねえ、ハンカチの畳み方きれいだね」
って。
話しかけられてそれだけ。
別にそれから仲良くも仲悪くもならなかったのだけどわたしの、なかでは彼が特別になった。
ハンカチなんて別にきれいに畳んだつもりなんかなかったけど、でも、彼がきれいだと言ってくれたから、わたしの「当たり前」が「特別」になった。
その男の子はまあわたしにも話しかけてくれるくらいだから人気のある子で、2学期に入ってクラスで一番かわいい女の子と付き合い始めた。
別に。
別にだそんな、そんなことはよくあることで、世界中でそんなことそこらじゅうで起きていて、わたしだけが被っているわけではないニアミス。
恋、と呼ぶにもふさわしいかどうか、定かではないほどにあやふやな感情だった。
そんな曖昧さをもってしてもわたしは、その感情に十分に翻弄された。
今から考えれば中学生の恋愛なんて、大抵長くは続かない。一過性の感情と感傷。3ヶ月もすれば元の木阿弥。
それでも14歳のわたしの日々一日は長く、重く、同じ教室で笑い合う彼と彼女を視界に入れないことは不可能に近く、ふたりを囃し立てる声を耳に入れないことは両耳の鼓膜を引きちぎる以外に方法はないだろうとまで考えた。
そんなわたしがのめりこんだのが勉強だった。
ただシャーペンを走らせて、ひたすら走らせていれば、時間は過ぎた。
視界にはノートと教科書。自分が問題を解いた跡が、わたしが確かに積み上げたものを証明してくれる。
鬼気迫るように問題を解くわたしに、話しかける人はいなかった。喧騒の中でも、静かだった。
そして定期テストで初めて学年3位を取った。
特に数学はよくできて、100点。
中学に入学してから満点なんて初めて取った。
昼休みも勉強してたものね、すごいわ、と先生にほめられて、戸惑いつつ曖昧に微笑み返した。
職員室を出て、わたしは気持ちがすっと軽くなっているのを感じた。
ずっと胸につかえてたものが、取れたような。
いや、取れたんじゃない、確かに手元にあるような。
ああ、証明されたのだと思った。
形なきものの形を、恋を、確かに存在していたものだとここに示したのだと思った。
無駄にならなかった。ひとを、はじめて好きになったことが。
ぎゅっとまぶたを閉じて、開く。
再びペンを走らせる。
わたしが、大切にしていた想いが、確かに存在していたことを証すために。