なにが「あやしい絵」たらしめるのか@あやしい絵展
国立近代美術館で開催中(2021.3.23 - 5.16)の『あやしい絵』展。(大阪会場:2021.7.3. - 8.15)
展示作品が多いので、この記事では特定の作品を紹介するのではなく、展示を通して考えた「あやしいとはなんだろう」ということについてまとめたいと思います。
あやしいとは
明治以降の日本で(...)生み出された多種多様な作品の中には、退廃的、妖艶、神秘的、エロティックといった言葉で形容できるものがありました。美しいという言葉だけでは決して言い尽くせないこれらの表現は、美術界で賛否両論を巻き起こしつつ、文学の挿絵などを通じて大衆に広まっていきました。
本展では(...)こうした表現を「あやしい絵」として紹介します。
(ごあいさつより)
「美しいという言葉だけでは決して言い尽くせない」。
それはつまり、「美しい!たしかに美しいのだけど...」という具合に、「美しい」になにか「+α」が付いてしまい、その結果、「あやしい」と感じてしまう、という風に理解しました。
「怪しい・妖しい・奇しい・あやしい」の使い分け
怪しい...不審であるという場合に用いる
妖しい...女性や宝石などの神秘的な美について用いる
奇しい...人知では計り知れない場合になら使える
それ以外はひらがなの「あやしい」がよい。
『例解同訓異字用法辞典』 東京堂出版より
展覧会のタイトルがひらがな表記であるのは、「怪・妖・奇」のあやしいも、「それ以外」のあやしいも含めた「あやしい」を意図しているのだと感じます。そしてなによりも、本展覧会で使用されている書体。ひらがなだからこそ表現できる「あやしさ」があり、ぴったりだと思いました。
「美しい」と「怪しい」は同源...!
そして、上記の辞典にこんな小話が。
(...)美しい物をいう「あや」は「怪しい」の「あや」と同源である。何かの霊力に動かされてできた美しいものや不思議なものに感動し、恐れるとき「アヤー」と声を出したのが、その始まりという。(...)
なんと。美しい物をいう「あや」とは、文・綾・彩・絢のことだそうですが、それにしても「美しい」と「あやしい」にこんな共通点があったとは。
公式図録の寄稿文にこんな記述がありました。
(...)「危険なもの=怖いもの」を敏感に察知し、身の安全をはかろうとする動物の防衛本能だろう。(...)察知した怖いものが虚構とわかれば、人はそれで遊ぶのである。虚構の恐怖を楽しむのである。ここに、セクシャルな魅力や遊びの要素が加わり、複雑化して、「あやしい」という芸術に成長したのではないだろうか。(公式図録より)
なるほど。人には、「虚構の恐怖を楽しむ」という機能が備わっているんですね。
「アヤー」から「うつくしい」と「怪しい」が派生したのもわからなくないかもです。
+αは「秘密の物語」なのでは?
本展覧会には、詩・小説・歌舞伎・能・古事記・神話などの一場面が描かれている絵が数多く展示されています。
その内容を知らなかったとしても、描かれている人物の様子や表情からは何かしらの物語が感じられ、そのどれもがその人の秘密のように思えました。
「美しいだけでなく、なにか秘密の物語を抱えている」というのが、私が感じた「あやしい絵」を「あやしい絵」たらしめているものの正体だったようです。
「あやしさ」だけではない本展覧会の魅力
・大きいサイズの絵が多い(大迫力です)
上の絵は48.9×130.4です。この絵は、余白がすごく恐ろしくて、引き込まれるというより、吸い込まれてしまうような感覚がありました。
大きいサイズの絵が並んでいると、それだけで圧倒されてしまいます。
・会場の案内役として、稲垣仲静《猫》からでてきた猫が、作品の主題となった物語のあらすじや描かれている場面を紹介(ところどころにいてくれることで、少し怖い会場内でほっとできます)
・会場内の壁にある都都逸(どどいつ:七・七・七・五の定型詩)(発見すると楽しいです)
まとめ
ごあいさつ文の一部をまたご紹介したいと思います。
(...)作品の生まれた背景には時々の社会、文化の諸相が存在します。しかし「単なる美しさとは異なる表現」を深く掘り下げると、そこには人々の心の奥底に潜む欲望が複雑に絡んでおり、今日を生きる私たちにも響くところがあることに気付かされます。本展が日本の近代のみならず、現在の私たちを取り巻くさまざまな表現、事象、価値観について考える機会となれば幸いです。
また、本展覧会では、
(...)先に作品がリストアップされて、そこに展覧会タイトルをつけるという順序(...)(公式図録より)
が採られたそう。そのうえで、
(...)この「あやしい」表現のなかに制作当時の社会の状況との関係を読み取れるか、その表現が造形の歴史の流れに一石を投じたかを意識して作品を選定(...)(公式図録より)
されたのだそう。
本展覧会は、一見「あやしい」と見えてしまう絵が集められたのではなく、なぜその「あやしい」表現になったのか、を考えさせられる絵が集められていました。
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音声ガイドも雰囲気があるナレーションがおすすめです。
公式図録も非常に凝っていてすてきです。内容も盛りだくさんで、これから読むのが楽しみです。
また、国立近代美術館で同時に開催中の『MOMATコレクション』、『幻視するレンズ』展もとても面白かったです。後日、別の記事にまとめたいと思います。
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