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つまるところ僕の恋の相手とは

「愛の牢屋」

はあ…なんていうタイトルの小説。
とはいえ、僕はこの小説家が好きで毎回新刊が出るたびに買ってしまうのだけれど。
最近、この作家ぶれてないか??
いや、うーん…まあ、作家とて人間であるわけだし、多少迷走する時期もあるのかもしれない。
なんだかんだいって、この作家と僕は相性がいいらしく、読み出すと止まらなくなってしまう。
本の虫、とまではいかずとも、この作家のタイトルだけは家の本棚を埋めているから立派なファンなんだろう。

家に持ち帰って、早速、本を開く。 僕はあっという間にこの作家の世界に取り込まれる。
そうそうこの感覚、文字を追いながら、頭のどこかでそう思っている自分がいる。 ちなみにこの作家は主にミステリ小説を書く人であるのだが、今回は「愛」というタイトル通りでしっかりとした恋愛要素も入っていた。
…珍しいな。 そう思ったときから、なんとなく文体に違和感を覚え始めた。
この作家はこういう表現をする人だっただろうか。
こういう言い回しをする人だっただろうか。
もちろん、その違和感はほんの些細なもので、僕はいつものように没頭して読破した。
あっという間の時間。
けれど、ほんの少し、後味の悪さが残る。こんなことは初めてだった。

愛 とは。
恋愛 とは。

そんなものに縁もなく生きてきた僕だけれど(全くそういうことに関して興味がないのだ)
周りの友人を見ていると色恋沙汰にいつも忙しくしている。
縁のない僕だからこそ、色んな友人に相談を持ちかけられるわけだけれど、そのたびに、ああなんか大変そうだな。と毎回思うのである。
だから、今回この作家が書いた小説の世界観に違和感を覚えたのであろうか。
僕が興味のないことだからなのか。 興味はなくても、まあそれなにりアドバイスできるくらいには知っているものだと思っていたけれど。
何事においても、知らない世界を知っているだけ、なのと、その世界に実際にいる、のとでは全然違うんだろう。  
僕はなんとなく思った。
ああ、この作家も恋だの愛だのを知ったのかもしれないな。と。
僕が相性がいいと思っていたのはこの作家とどこか考え方が似ている気がしていたからなのだけれど。
恋をすれば人はなにかしら変わるものなのだろうか。 文体が浮かれて見えるくらいには。

「なるほどなあ…」

僕は呟いていた。恋、してみるか?この作家と同じ世界を見てみたい気がした。
ただまあ、憶測にしかすぎないのだし、無理に頑張る必要などないし、頑張る気があっても僕に恋人などやっぱり想像ができないのだから、すぐに、どうでもいいか、に思考は切り替わった。
あーあ。どうかこの作家の作品をこれからも読み続けられますように。
ほんの少しだけ、置いていかれたような。寂しいような。次回作が楽しみで、でも少し怖いような。
こんな気分になる6月の夕辺、いつの間にか外は雨になっていた。
飯、どうしよう。
僕のこのつまらなくてのっぺりのしたこの生活も、悪くはないのだ。
僕はどこかで幸せそうに笑う、顔もどうでもよくて調べていない作家の(つまりあくまで想像上の)顔を思い浮かべてみた。
…まあ、幸せになるに越したことはないんじゃないですか。 久しぶりにファンレターでも書いてみるか。 思考は移り変わる、飯、はもうあとでもいいや。
万年筆と便箋を取り出し、僕は作家に向けて、どうでもいい日記のようなファンレターを書き始めたのだった。

ゴーストライターだけは、やめておくれよ。


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即興小説トレーニングで書いたものでした。
お題は「愛の牢獄」
制限時間は30分でした。


#SS   #日常 #恋愛


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