印刷営業回顧録④
今まで書いてきたことは物語でもなんでもありません。私のようなごく普通の人間が普通に過ごして来たかを綴っています。私以上に山あり谷ありの人生を送ってこられた方々は社会に多数いらっしゃると思います。そのような方々にはつまらない話かと思いますが、これから何十年もの人生を送られる多くの人が少しでも何か気づいていただければ嬉しいです。もう少しお付き合いください。
印刷営業マンの心得
前回の記事の続きですが、まったくの素人が(大抵の人が素人からスタートしますよね。私だけが特別ではないので申し訳ありません)一人前の営業ヅラでお客様の前に立つのですから恐ろしい話です。ベテランの発注担当者はすぐに見破ります、「営業経験は?何年、営業しているの、大丈夫?」と聞いてこられます。嘘を言ってもすぐに化けの皮がはがれるので、正直に「まだ1年生です。よろしくお願いします」と答えていましたが、「私は貴方よりは印刷に一日中どっぷり浸かっているから、こと、印刷については負けていません、大丈夫です」と、心の中では不満タラタラでした。最後には「おっさん、心配するな、信用しろ」と思ったものです。当時のご担当者様、言うことを聞かず申し訳ございませんでした。不安だらけでご心配されていたと思いますが、よくぞこんな頼りない営業に発注していただけたと感謝しています。生意気な態度?で営業していたかと反省もしております。そんな私をずっと使い続けていただいた担当者の方々、企業様が多くあるのは私の営業生活での一番の自慢です。どうしてそんなに長く続いたのかは、今後書いていきたいと思っています。
生意気な一年生でしたが、それなりの自信は持っていました。負けず嫌いの性格がここでは良い方に出ました。現在、弊社でも新入社員が多く入って来ます。教育・研修日程を組んで、一日でも早く戦力になってもらうようにしています。しかしながら、こちらが何か指示するまで机に座ったままの状態が続くことがあります。スケジュールに沿っての研修なので時には空白時間が出来ます。そんな時、自分から動こうとしない人がいます。私はどうであったかと言いますと、製販一体の会社です。時間が空くと製造現場を覗きました。うるさがられたりもしましたが、やっぱり直に見ることで覚える速さが違いました。
ちょうど入社一年、NOTEで二度目の記述になりますが、新人営業の私と同期M君の前に生まれて22年、印刷機の音を子守唄に、印刷インキを絵具代わりにして育ってきたS君が名古屋から入社して来ました。とにかく1年でも先輩は先輩、絶対に負けては格好がつきません。二人揃って必死で覚えたものでした。まずは理解するよりは覚えることに専念しました。「俺らは先輩、分からないことがあれば何でも聞いて」とS君をリード?したものです。
覚えれば次は理解です、これは割と早く出来ました、二人ともです。技術を理解する段階ではS君も仲間入りで、3人で協力し合ったことが今でも財産として残っています。先輩のメンツをどうしても持ちたかったのは若さゆえでしょうか。一年も経てば同じレベル、いや、既に追い越されている人も数多くいらっしゃると思います。先輩としてのプライド保持のために頑張り続けたこと、くだらないと思われるかもしれませんが必死でした。今でも当時の気持ちを持ち続けようとする自分がいることは誇って良いと思っています。常に若い人には負けないと思うこと、時代に置いてきぼりされないためにも新しいことに対する知識欲とチャレンジ精神は持ち続けていこうと思っています。自意識過剰だとか、自信家だとか、生意気だ、負けず嫌いだと言われたり思われたりしましたが、結果的にはお客様から信頼される営業になれたのもこの姿勢を貫き通したからではないかと思います。これからもこの気持ちだけはいつまでも持ち続けるつもりです。
最後に改めてS君の存在が私にとって非常に大きなものでした。彼がいてくれたからこそ、スタートで躓かなかった、仕事をなめずに済んだと思っています。ご冥福をお祈り申し上げます。
営業として何を学んだ?
“はじめ良ければ終わりよし“と言いますが、未だに”終わり”に到達していないので“よし”と言えません。全ては“はじめ“が大事で、私のような不器用な人間は途中での軌道修正が難しいのではないかと思っています。人生、すべからく勉強と言われていますが、果たして実践して来たかと言われますとノーです。そこまで真面目ではなく、人生、手を抜くことばかり考えて来たのではと反省しています。皆さんから総スカンを受けるかもしれませんが、営業としてここまでやってこられたのは”はじめ“時代が人に恵まれ、社会環境にも恵まれたからこそだと思っています。大げさに言えば、社会人・営業人生に必要な栄養の80%が取れたのではないかと信じています。残り20%は現在も摂取中です。
さて、最初に学んだことは営業職とは「人を相手にする職業である」と言うこと。即ち、相手は人だからその日その日で気分が変わる。感情と言う心を持っている。ストレートに感情を出す人もいれば出さない人もいる。人と付き合うことほど難しいことはない。そんな難しいことを職業にしなければならないのが営業だと教えられました。印刷で言えば、必要な技術で機械を動かす仕事や当時だとフィルム相手の細かい仕事、真夏の暑い日エアコンなんてまだなかった時代で交通渋滞の中、大量の印刷物や製品・商品を運ぶ仕事など、仕事は何でも大変なものです。しかし営業と製造で唯一違うところは声を出して喋る人間が相手、機械は喋らないからその点は楽だと言われました(製造の方々、製造の苦労も知らないでよくそんなことが言えるよとお怒りでしょうが、どうかお許しください)。
聞き上手・話し上手
と言ってもたいしたことを書くわけでもありません。おそらく大多数の人がくだらないと思われるでしょう。最初に教えられたことは「君の大切な仕事は如何にして人と上手く付き合うかに尽きる、もっと言えば好きになってもらえるかだよ」とKさんに言われました。先に書きましたが、「相手は感情を持つ気分屋?のお客さん、しかも時にはうるさいくらいに喋ってくることがある。そんな人と対等に付き合わなきゃいけないのだよ」「もちろん信用してもらう、信頼してもらうこと」などをしつこいくらい言われました。何が言いたいかですが、1対1が基本の会話の中で先ずは如何にして自分が言いたいことや思っていることを相手に伝えられるかが営業の基本です。それらをペーパーにして見てもらえば済むじゃないと言われる方もいるでしょう。しかし、ペーパーでは本当に伝えたいことに自分の強い意志が載っているでしょうか。
例えば見積書を出す時、「ハイ、見積書です。見てもらえますか、高いですか、安いですか」と言います。いちおう、「よろしくお願いします」も付け加えます。大抵の営業もそうしていると思います。Kさんにかかるとダメ出しでした。これで受注になるかもしれませんが、お客様に見積書を提出して受注だけがご褒美ではない、そこにおみやげと言うかお駄賃がついてないと本当の意味での営業ではないと叱られたものです。10回に10回すべておみやげやお駄賃が付いていた訳ではないのですが、10回に1回か2回のお駄賃が実は受注案件以上の大きな成果なのです。どんな成果だったかは多すぎて?書けませんが、それを引き出すのが営業であり、人相手の職業なのです。
じゃ、会話では言いたいことを如何に伝えるかと書きましたが、実はそれ以上に大事なのが”聞き上手になる”ことです。私の話は長いと言われます。現役の頃も含め私と同行する営業は、中嶋さんと行くと時間がかかる、長すぎるなどと言って嫌がられました。私もKさんと行くとお客様と話す時間が最低1時間はかかりました。
少し話が逸れますが、Kさん曰く「お客様のところに行ってお茶を出されたら半人前、お茶飲みに外に連れ出せたら一人前、飯でもと言って食べに行けたら任せられる営業」だと言われていました。現在では考えられない?古き良き時代であったかもしれません。アポ取って入館証ぶら下げての現在、打合せ室やパーティションで区切られたテーブルではなかなか打ち解けての話は難しいでしょうね。他の担当者がどこの会社とどんな仕事の打ち合わせなどをしているか、まったく見えないですよね、それが当たり前ですが、今の営業さんかわいそうですね。
もちろん私は教えに忠実、お客様の近所にある喫茶店の常連でした。暇な時にはひとりでコーヒータイム、無駄ではなかったです。競合他社の営業やその上長の方、競合ではないのですが私の担当者に出入りしている他業種の営業さんと喫茶店仲間になり、貴重な情報をずいぶんもらいました。そこでのネットワークも必然的に出来ました。異業種や競合の営業さんのみならずお客様の役員や部長さんから今まで付き合いのなかった人とも知り合えました。その当時からの方々とは今でもお付き合いが続いています。お断りしておきますが、世間話や情報交換で談合は一切していません。
話を戻しますが、聞き上手は話し上手以上に大事です。営業の基本中の基本です。如何にお客さんに話させるかで勝負は決まるとまで言われました。仮に1時間お客様と話すとすれば、私が心掛けているのはお客様に50分話させ、私が多くて10分話すようにしています。相手によってこちらは相槌を打つだけなら10分も要りません。これは今後、営業のテクニックやどんなシーンにも共通して言えることです。お客様がそれだけ長く話せると言うことは、自分の業務について1年365日、日夜悩み苦しみ勉強しているかの証なのです。我々はそこを理解してお客様と接しなければいけません。
「私は御社の商品の歴史から始まり、時々の販促プロモーションも詳しくないし、もっと言えば詳細な営業データも持ち合わせていません。ご満足いただける提案をするためにもいろんなお話をお聞かせください」のスタンスで接します。そうするとお客様の話は長くなります。思ってもみなかったおみやげやお駄賃が中に入ってきます。アドバンテージ情報もあります。そこを聞き出すテクニックが難しいのです。簡単だよと言われるかもしれませんが、「さあ、やってみてください」となると10分も持たないでお尻を持ち上げる人が多いです。今の若い営業さんは就職した時から提案営業をしなさいと教育されて来ています。まったくその通りで、現代の営業は提案が出来ないと使い物にならないとまで言われています。ただ、プレゼンテーションは上手いのですが、終わるとそこで会話が途切れ、下手すると「今日はご苦労さん」で退出になりかねません。これも聞き上手話し上手が出来ていない証拠です。能力はあっても基本が忘れられています。
ここでも横道に逸れますが私の話が長いと言われる所以は、同じ言葉や同じことを必ず2回は話すことからです。Kさんから教わったことの中で自分がどうしても伝えたい、相手に覚えておいて欲しいことについてはしつこいと思われるかもしれないが必ず繰り返して話せと言われました。ただしその話や言葉は続けて出すな、違う話題になった時など、何かに紐づけて再度話に出すテクニック、話をつくるテクニックがことを成就させる秘訣のひとつだと教わりました。相手の心や頭の片隅に置いてもらうには強い思いと熱い情熱が必要です。逆を言えば、お客様に時間をかけて話してもらうテクニックも難しいです。それぞれ人により違いがあるので一概には言えませんが、一つだけ言えるのは相槌のタイミングと内容でいくらでも延ばすことが出来ます。お客様も話しだすと止まらない人も多いです。絶好のチャンスです。言わなくてもいいことまで喋ってくれます。
そうすると普段思っていることもストレートに出してくれます。皆さんも経験があると思いますが、自分の会社や上司の悪口、競合他社の長所・短所や価格の相場、時には私の悪口や欠点、そしてわたしの会社の欠点や上司の嫌いなところまで出てきます。仕事上、この人と付き合っていくにはどこを注意すればよいのかもわかってきます。これらを意識して営業会話をするようにが、Kさんの最初の教えでした。訪問時間や対面場所などすべてに気を遣う、気を回せる人になりなさいと厳しく躾けられました。
まだまだ教えられたことは多くあります。「お客様との付き合い方」「社内営業の仕方」「具体的な営業トークとは」「人の心をつかむコツ」「クレームをクレームにしない方法」「お客様の誘い出し方」「営業ネタと客とのマッチング術」などいずれも基本的と言うか初歩的な学習が今でも私の財産であり、十分役立っています。
今日はつまらない誰でも当たり前と思うことを書かせてもらいました。愚文ですがまだ続けさせていただきます。
土山印刷株式会社 顧問 中嶋恒雄
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