思い出の場所ほど思い出せない
41歳のおじさんが、夜中、床暖房に触れる面積を広げるためにリビングにうつ伏せになってキーボードを打って書いている昔話だ。
少し感傷的な部分は、酢昆布でも噛みながら笑ってほしい。
思い出の場所は、思い出の中だけにしかない。
長く片思いをして、気が遠くなるほど時間が過ぎたあと、
ふっと付き合うことになって、
初めてその子の住む小さなアパートに行って、
ずいぶんくねくねと曲がったところだったなあとか、
暴力的に歪んだ自転車の前カゴや、
カレーをやけにピカピカの白い平皿で食べたなあとか、
足音が響く外階段を降りながら、大家さん起こしちゃうから静かに、とか
そんな些細なことは覚えているのに、駅のどっち出口だったかを忘れて、
もうあのボロアパートには二度とたどり着けない。
かろうじて覚えているのが、出口側にすき家のようなものがあったような、だったが、すき家を発見しても、すき家だね。以外に何も思わなかった。
もっと特徴的なお店で覚えればよかった。
連続TVドラマ全11回放送予定が、3回で終わって総集編もないくらいの短い一冬だった。
「ひどい花粉症なのよ、だから春は嫌い」その子は言っていた。
期せずして、花粉が飛ぶ前にお付き合いは終わった。
私は、今年から本格的な花粉症になった。