「この新人の配属、変えてくれ」
早稲田大学は今日が卒業式だったようだ。
私が卒業した約20年前と違い、アイドルグループから会社からいろんなものからの卒業に溢れているこの頃でも、やはり大学の卒業には感慨が宿る。
のだろうか。
大学5年目の一年間をフル単位取得でどうにか卒業した私は、卒業式の記憶がまるでない。出たのか。出たんだろうな。
地元・愛媛へのUターン就職が大学5年の冬にようやく決まった私は、その頃、自動車教習所に通い詰めていて、そして結局、免許取得に至らず、バイト代を注ぎ込んで払った教習所代を盛大に無駄にして愛媛に戻った。
入社初日に営業部に配属を発表された私は、配属先の上司のおじさんから「じゃあさっそくあいさつ回り行くぞ、運転してくれ」と社用車の鍵を渡され、おずおずと「すんません、免許ないんです」と告げると、おじさんは、「え」と、4秒ほど静止した。
そして固まった表情のまま、身体の向きだけ変え、フロア中に響く音量で
「おい、総務!この新人の配属変えてくれ」
と、怒鳴った。
「でも原付免許はあるんですよぅ」と新人なりにおどけてみせたが、おじさんには聞こえていないようだった。
あいさつ回りで「こいつ免許ないんですよ、普通免許持ってる奴しかウチは採用しないと思ってましたわ、ハハハ」という、全くウケない退屈な紹介から、私の社会人生活は始まった。
取引先を出ると、おじさんは車内で無言のまま運転し、旧式CUBEが壊れるんじゃないかと思うくらい激しくサイドブレーキを引いて駐車し、慣れた足取りで次の取引先に入っていくと、また同じつまらない紹介を繰り返した。
私は社会人一年目にしながら、ボードに「外回り」と書いて密かに教習所に通うという荒業に挑み、無事、夏にはAT限定、眼鏡等と書かれた免許を取得した。
思えば、私は成人式にも出なかった。でも結婚式は派手に催した。
社会が決める区切りでは、うまく踊れない。
ステージに上がるタイミングと場所は自分が決める。
20歳のずっと前からそう思っていたし、41歳の今でもそう思う。
あんなに縁の薄かった大学キャンパスは、今の私のランニングコースでもある。不思議なものだ。キャンパスよりも好きだったいくつかの定食屋のほぼ全てはもうない。
当たり前に通っていた場所に、明日から自分の場所はもう存在しないこと。
その事実はもちろん人を感傷的にさせてくれるが、でも大丈夫だ。
自分で作れば、場所は無限にある。
卒業おめでとう。
踊りたくなったときが、踊るときだ。