お帰りの香り
家でホッとする瞬間ってどんなときだろうか。
取材時の質問項目に3ヶ月ほど前から
「家での好きな時間は?」という項目を付け加えてみた。
空間とともに暮らし方を知っておきたいのが目的である。
「好きな場所」や「アイテム」で聞いてしまうとどうしても単語で完結してしまうが
「過ごし方」から始められるとより個性が生まれる。
そして回答を見るにそれは心落ち着く時間、ホッとする時間であることが多い。
自分自身が同じように問われたなら、その1つはずばり
帰宅して家のドアを開けた瞬間である。
特に遠方の出張先からの帰宅時はより強く、安堵と幸福を感じる。
今年の夏に引っ越すまでは、エレベーターの無い物件で、3階まで新しくも狭い階段を機材でずっしりと思いスーツケースを持ち上げなければならず。
「あと2階!」「あと1階!!」と心の中でカウントダウンする様は
学生時代の外周ランニングであと2本、1本と勇気を振り絞るそれそのものだった。
身体的にも疲れ切った上で、玄関のドアを開けた瞬間の気持ちの高まりは
サウナの「整う」瞬間にも匹敵するのではないかと思うのは自分だけだろうか。
またそんな帰宅時に「帰ってきたんだぁ…。」と感じる要素を大切にするようにしている。
我が家では、玄関のドアを開けた瞬間の「景色」と「香り」だ。
五感を刺激するもの。帰宅前から思い起こせるものが良い。
実家にいた頃は玄関の「景色」と「音」だった。
玄関の景色とともに、家族の帰宅に勘づいて玄関へダッシュする忠犬ハチ公ならぬ忠犬サブ。
ドアを開ける前から家族でないとけたたましく吠えるのに、家族だと尻尾をブンブン振って迎えてくれた。
今となっては片目が見えなくなってしまったこともあり、ヨボヨボと婆ちゃんよりもゆっくり玄関に向かってくるが、それでもその瞬間が一番「実家に帰ってきたんだ…。」とホッとする瞬間である。
今の我が家では「照明」と「ディフューザー」がそれだ。
ただ照明は新居で新しくしたこともあり、まだ少し目新しさが拭えていない。
期間限定でルームシェアしている友人が家で迎えてくれるような
まだ心の中では馴染みきれていない感じがする。もう少し時間が必要である。
一方でディフューザーは前の住まいから使っていたもので、もう心の中では我が家のサブくらいになっている。
今使っているのは、昨年の台北取材で出会ったminnaoの「山岳空間拡散」。
取材先のご主人がデザインされたもので、見た目も香りも良いなぁと思っていたところ
台北に行く度に寄っているHuashan 1914 Creative Parkで見つけて購入した。
香りとしてはウッディと柑橘系だが、台湾で栽培されたエッセンシャルオイルがベースにあって遠くに異国を感じつつもすっきりとした香りが心地よい。
大手や人気のメーカーなど、他とは被らないため、ちゃんと我が家に帰ってきた感があるのも良い。
本来は1年も持つものではないのだけれど、頻繁に購入できるものでもないので
引っ越し前は定期的に、遠方への出張前や香りを感じたい時以外は蓋を閉めて少しずつ使っていた。
特に夏場は暑くてより早く蒸発してしまいそうで温存していた。(何とも貧乏臭い話だけれど)
それでも残りわずかとなり、これがおそらく最後だと思いながら開栓している。
ガラス自体が緑のタイルとも合って美しいので閉じたまま、インテリアとしても十分なんだけど、やっぱりこの香りがたまらない。
季節も漸く秋を迎え、帰宅時のドアを開けた瞬間。
心地よい透き通った軽やかな風に、爽やかな香りがのって届くと、しみじみを通り越して深々と帰宅時の心の落ち着きを感じ、我が家の良さを感じる。
これから冬に向けて、ゆっくりと失われていくであろうこの瞬間。
その儚さに今、この時の暮らしの大切さを感じる。
同じように今この時しかない誰かのお部屋の瞬間をしっかり残そうという思いを強く持って今日も帰路に就く「ただいま、今日もありがとう。」